ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★Mrs Battleship(仮題『ぼくの軍艦先生』)

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【基本情報】
書名:Mrs Battleship(仮題『ぼくの軍艦先生』)
作者:ティム・ティペネ(Tim Tipene) 出版元:One Tree House
発行年月:2019年9月 ページ数:76(本文69) ペーパーバック
ISBN:9780995106796 対象年齢:小学生以上

【概要】
 作家であり、子ども育成プログラム指導者であるティム・ティペネが、厳しかった少年時代と今の自分を明るく語るエピソード集。

【作者紹介】
ティム・ティペネ
 ニュージーランドの作家、ウォリアーキッズ指導者。1972年生まれ。
 暴力が絶えない家庭で虐待されながら育つ。学校に居場所を見つけるも、学業成績はふるわず、16歳でハイスクールを退学に。武道とガンジーの思想から非暴力を学び、その精神を子どもたちに伝えようと、1994年にウォリアーキッズを立ち上げる。カウンセラーの免許も持ち、子どもたちや子育てに悩む親たちをサポートしている。
 作家としては、絵本、読み物、ウォリアーキッズの指導書など10作ほどを発表。絵本Haere: Farewell, Jack, Farewell は2006年NZポスト児童書及びYA小説賞オナー作。
 家族はパートナーと息子と娘。西オークランド在住。

ウォリアーキッズ
 ティム・ティペネ独自の子ども育成プログラム。「真のウォリアー(戦士)は非暴力で戦う」というコンセプトのもと、ゲーム、アクティビティー、スピーチなどを通して、楽しみながら心身を鍛えるというもの。武道の要素も取り入れている。

【内容】
 冒頭の自己紹介のあと、13の章という構成。前半では、少年時代のエピソードを、支えてくれた人への感謝の気持ちとともに語っている。両親の留守中に大けがをしたときに駆けつけてくれた近所のおばさんのこと。常におびえていたため、学校でも勉強に集中できず、みそっかすだったティムに、温かく接してくれた女性教員たちのこと。その一人である軍艦(バトルシップ)ことバトズビー先生は、ティムの体の傷を見て家庭での虐待を知ったとき、号泣しながら抱きしめてくれた。この人たちのおかげで人生が変わった。
 9番目と10番目の章では両親の一面をおもしろおかしく紹介している。常に怒っていて暴力的な父が、泥酔して愛車をだめにしたエピソード。無責任な動物コレクターの母が他人のペットを盗む話。
 終盤では、自分は両親のようにはなるまいと思い続けたこと、高校中退後に両親のもとを離れて安心できる暮らしを手に入れたこと、さまざまな訓練を積んで今の自分があること、自身の子どもたちとリスペクトしあって生きていることが語られている。

【感想・評価】
 本書の内容の多くは、ティム・ティペネが作家としての学校訪問の際に話している内容と重なっている。公開されている動画を見ると、大勢の児童の前で、ユーモアたっぷりに熱く語っていることがわかる。
 両親のエピソードはおもしろおかしく書かれているものの、2人とも大きな問題を抱えた大人であることが浮き彫りにされている(そんな両親に愛情も感じていると、冒頭で書いている)。そんな環境で育つ少年を救ったのは、人とのふれあいだった。本気で心配し、助けてくれる人がいることの救いの大きさの実例といえるだろう。ティペネは、苦しみのせいで人を傷つけるのではなく、つらい経験を生かして他者をサポートする人になった。全体を通して、その喜びと誇りが感じられる。生まれ持った人なつっこさや純粋さも感じられる。人生には波があるものだから、これからも、トラウマや劣等感に苦しむことがあるかもしれない。それでも、この人が信頼できる大人であることは間違いない。
 本書を読んで救われる子どもや若者は日本にもたくさんいると思うし、こういう子どもの存在と心の内を知ることは、誰にとっても貴重だと思う。ニュージーランドという遠い場所での例であることと、語りの明るさのおかげで、重たいテーマながらたいへん読みやすく、読後感もさわやかな良書である。じっくり読むと、虐待やパワハラの根っこにあるものが見えてくるように思う。

【参考】
ブログ「みちばたの記録」より『Tim Tipeneさん来日』記事