【基本情報】
書名:Haere: Farewell, Jack, Farewell(仮題『ハエレ――ジャックじいちゃん、さようなら』)
*2006年ニュージーランド・ポスト児童書及びヤングアダルト小説賞オナー作品
作者:ティム・ティペネ (Tim Tipene)/文
フハナ・スミス (Huhana Smith)絵
出版元:Huia Publishers (ウェリントンの中規模出版社。主にマオリ語教材やマオリを題材にした書籍を出版)
発行年: 2005年
ページ数:30ページ
寸法:23 × 30 cm
ISBN:978-1869691040
対象年齢:5歳ぐらいから大人まで
*試訳(全訳)あります
【あらすじ】※結末にふれています
マオリの家族のおはなし。語り手は女の子。
ある寒い日に、ジャックじいちゃんが死んだ。父さんたちが、なきがらをマラエ(マオリ族の集会所)に運ぶ。親戚やお客さんがたくさんやってきた。おなかの大きい姉さんもきた。お葬式では、父さんが、じいちゃんの思い出を話し、ギターを弾いて、みんなで歌をうたった。それから、ジャックじいちゃんをお墓に埋めた。悲しくて悲しくて、みんなが泣いた。さようなら、ジャックじいちゃん。
暖かなある日、ジャックぼうやが生まれた。姉さんの赤ちゃんだ。親戚やお客さんがたくさんやってきた。みんな、とびきりの笑顔を浮かべている。ごちそうをどっさり作って、おおぜいでお祝いの食事をした。父さんがみんなにあいさつした。この場にいない人たちにもお礼をいった。それから、みんなで歌をうたった。
ジャックぼうやをつれて、家族でお墓参りにいった。ジャックじいちゃんのお墓に、摘みたての花をささげる。さようなら、ジャックじいちゃん、さようなら。
【解説・評価】
「ハエレ」は、マオリ語で、「行く」と「来る」の意。「ハエレ・ラー」は、去っていく人への別れのあいさつだ。
『ハエレ――ジャックじいちゃん、さようなら』は、おじいさんの死を悼むマオリの家族を描いた作品。孫にあたる少女が、見た通りのことを、素直に淡々と語っている。
前半は、冬枯れの景色と暗い色使いを背景に、老人の死から埋葬までのことが語られている。「ハエレ・ラー」と、ジャックじいちゃんに別れを告げたあと、次のページで色合いがぱっと明るくなり、春の日に生まれた赤ちゃんのお祝いへと話が変わる。おじいちゃんの死で悲しみに沈んだあと、新しい命の誕生で笑顔を取り戻すというのは、とても幸せな家族の姿だ。ひとりの人間が死んでも、新たな命が生まれて世の中は続いていくのだと、しみじみと感じた。
また、親戚同士のつながりを大切にするマオリの人々が、家族を送り、迎える様子が興味深い。時を超えた先祖とのつながりを意識しているという側面も垣間見える。マオリの人々のことを伝える資料の1つとして、ぜひ邦訳出版されてほしいと思う。
赤ちゃんの誕生をお祝いする場面のあと、最後はまた少ししんみりして、「ジャックじいちゃん、さようなら」で終わる。とらえ方はいろいろだが、「ジャックじいちゃんのこと、忘れないよ」というメッセージだと私は受け取った。マオリの話ではあるが、民族や宗教を超えた普遍的なメッセージといえるだろう。子どもの素直な語りのおかげで、仰々しさが感じられないことも魅力である。大人にもぜひ読んでもらいたい。
【作者紹介】
ティム・ティペネ(文)
1972年生まれ。マオリのコミュニティで育ち、マオリ人としての誇りを養うが、その一方で、家族や親戚の不仲や暴力、学校でのいじめなどに悩みながら少年時代を送った。
12歳頃から始めた武道とガンジーの思想から非暴力を学び、その精神を子どもたちに伝えようと、1994年に "Warrior Kids"*というプログラムを立ち上げ、子どもたちの指導にあたる。カウンセラーの免許も持ち、子どもたちや、子育てに悩む親たちをサポートしている。自身は2人の子どもを育てるシングルファザー。
作家としては、1999年発表の絵本 "Wooden Fish" がデビュー作。絵本 "Taming the Taniwha" は2002年エスター・グレン賞の、"Hinemoa te Toa" は2009年Te Kura Pounamu(マオリ語で書かれた児童図書賞)の候補作品に選ばれた。読み物と合わせて10冊ほどの著書があり、意欲的に執筆活動に取り組むほか、児童文学団体Storylines の活動にも積極的に関わっている。
*Warrior Kids:ティム・ティペネ独自のプログラム。「真のウォリアー(戦士)は非暴力で戦う」というコンセプトのもと、ペアで行うゲームや、マットの上でのアクティビティー、スピーチなどを通して、楽しみながら心身を鍛えるというもの。武道の要素も取り入れている。
フハナ・スミス(絵)
1962年オーストラリア生まれ。1993年にニュージーランドに移住。現代マオリアートのアーチストとして作品創作に励む一方、エコロジストとしても精力的に活動している。マッセイ大学でマオリ学を専攻し、2008年に博士号を取得。ウェリントンにある国立博物館「テ・パパ」の上級学芸員も務めた。