ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★Gumdigger: Northland 1899-1900(仮題『琥珀を掘れ ニュージーランド最北部1899-1900年)

【基本情報】
書名:Gumdigger: Northland 1899-1900
  『琥珀を掘れ ニュージーランド最北部1899-1900年』(仮題)

著者:キャス・ビーティ(Kath Beattie)
出版社:Scholastic New Zealand
出版年:2011年(初版は2008年) 頁数:192(本文171)
ISBN:978-1775430360 対象年齢:小学校高学年から

【概要】
 家業の雑貨店が破産して、路頭に迷うラドクリフ一家。13歳のルーベンは学校をやめ、需要の高い琥珀の採掘を試みようと、父さんと2人で北へ向かう。旅の途中で父さんは経理の仕事にありつき、ルーベンはダルマチア系の移民たちと一緒に琥珀掘りを始めた。開拓時代のニュージーランド最北部を舞台に、庶民の暮らしを日記形式で綴った歴史読み物。

【あらすじ】
 13歳の少年ルーベン・ラドクリフは、ニュージーランド北島の最北部に近いワイパパという小さな町で暮らす。1899年2月、夏休みが明けて新年度を迎えると、ブレイクトン先生から新しいノートをもらい、日記をつけ始めた。

 ルーベンは、父、母、姉、弟と5人暮らし。家業は雑貨店(よろず屋)経営だが、赤字が続いている。父さんが根っからのお人好しで、お客さんに寛容すぎるからだ。銀行に掛け合って、借金の返済期限を延ばしてもらっていたが、ついに最後通告を受ける。そして3月初め、借金取りがやってきて、ラドクリフ一家は仕事と住まいを失う。

 ルーベンは学校を退学。父さんと一緒に仕事をさがし始めるが見つからず、一家はテントでの極貧生活を送る。5月末、父さんとルーベンは、琥珀(樹脂が固まって化石化したもの)を採掘しようと、徒歩で北へ向かうことを決める。このころのニュージーランド北部は、琥珀の採掘ラッシュだった。カウリの木の琥珀(kauri gum)は、ワックスやリノリウムの原料であり、磨けば宝石にもなるため、世界中で需要が高まっていたのだ。肉体労働が苦手な父さんとしてはやむを得ず決めたことだが、冒険心旺盛なルーベンは、わくわくしていた。

 重い荷物を背負っての徒歩の旅は、想像以上に厳しかった。途中の町マンゴーヌイで、父さんの旧友モーソンさんの下宿屋に泊めてもらえたのは、なんとも幸運だった。モーソンさんはかつて父さんにお金を工面してもらった恩があるそうで、とても親切にしてくれた。

 徒歩の旅を再開し、西海岸に近いアワヌイに到着したルーベンと父さんは、なりゆきで、雑貨店の荷物運びを手伝った。店主のサブリツキーさんがお礼に夕食をごちそうしてくれ、その後、父さんに経理の仕事を依頼する。ポーランドから移住してきたサブリツキーさんは、ニュージーランド北部で幅広く事業を展開している人物。父さんは、9日間の徒歩旅の末に、思いがけず得意分野の仕事を得たのだ。サブリツキーさんの土地の一角でのテント生活だが、ありがたいことに家賃の請求はない。

 ルーベンは、アワヌイの近くのワイパパカウリという土地で、琥珀の採掘に挑むことになった。装備を整え、出かけていくと、ダルマチア(現在のクロアチア共和国のアドリア海沿岸に当たる地域)人の若者グループに出会った。琥珀採掘者には、ダルマチアからの移民が多いのだ。彼らにやり方を教わって、ルーベンは琥珀掘りに初挑戦。たいへんな重労働だが、楽しさも感じる。それからしばらく、父さんのもとから日帰りで琥珀掘りに通い、ダリー(ダルマチア人の愛称)たちと親しくなっていった。

 6月下旬、父さんは、家族を呼び寄せる準備のために、しばらく留守にすることになった。同じ頃ルーベンは、ダリーたちに誘われて、彼らのキャンプで一緒に暮らすことを決めた。初めは反対していた父さんも、ダリーたちと面会した上で賛成してくれた。

 言葉が通じにくかったり、食べ物の好みが違ったりすることもあるが、気さくで親切なダリーたちとの生活を、ルーベンは楽しんだ。彼らが故国を離れた背景や家族への仕送りについて知ったほか、ダルマチア人の文化や習慣、野営生活を快適に送る工夫など、さまざまなことを学ぶ。タンブリカという楽器を弾いたり歌ったり踊ったりして、愉快に過ごすこともあった。

 7月、母さんたちはひとまずマンゴーヌイのモーソンさんの下宿屋で暮らし始める。父さんは、みんなで住むための掘っ立て小屋を、サブリツキーさんの敷地内に建て始める。

 8月の半ば過ぎ、ダリーたちは、この地を去ることをルーベンに告げる。勤勉なダルマチア人が琥珀を大量に採掘することを、英国出身者たちが不快に思い、規制を強めたり税を上げたりするようになったのだ。ダリーたちはさらに北上し、マーオリの土地で採掘することにしたそうだ。

 8月末、父さんとルーベンは掘っ立て小屋を完成させ、母さん、姉オリーブ、弟ウォルターを迎える。久しぶりの家族再会だ。オリーブはさっそく、郵便局で仕事を見つけてくる。ルーベンは、ダリーたちと暮らしたキャンプに戻って1人で琥珀掘りを続け、日曜日に家族のもとに帰る生活となった。9月には、フォックステリア犬のラッキーという相棒を得た。

 南島で金鉱が掘り尽くされたあとに盛んになった、北島北部での琥珀採掘は、規模も小さく取引額も低いため、琥珀は「Poor Man's Gold(貧乏人の黄金)」と呼ばれている。とはいえ、それを求めてこの未開の地に乗り込む者は多く、中には怪しげな人もいる。ルーベンも空き巣に入られたことがあり、用心している。琥珀掘りの作業には慣れ、熟達してきた。初期投資(作業着や道具類の購入)の借金も順調に返済している。

 8歳の弟ウォルターは、10月半ばに学校がしばらく休校となったため、ルーベンの琥珀掘りキャンプにやってきた。ウォルターは体があまり丈夫でなく、幼いころから痙攣の発作を起こしがち。そのせいもあって、少し距離を置く兄弟関係だったのだが、2人で暮らしてみると、ウォルターはなかなか気が利くし、おもしろいやつだった。ウォルターがやってみせる大人たちのものまねには、ルーベンも大笑い。しばらく2人で愉快に暮らす。

 11月のある日、ルーベンはダルマチア人のマルコと再会。一緒に琥珀探しをしていたら、大きな塊が見つかり、掘り出す作業に夢中になった。発掘に成功したあと、ラッキーの吠え声を聞いて我に返り、少し離れたところにいたウォルターのもとに駆けつけると、ウォルターは、琥珀を取るために掘られた穴に顔を埋めて死んでいた。〈*以下略〉

*カウリの木:ニュージーランド北島北部に分布するナンヨウスギ科の高木。有名なものに、屋久島の縄文杉と姉妹木の「タネ・マフタ」がある。

 

【感想・評価】※結末にふれています。
 子どもたちへの歴史教育という役割をきちんと果たしながら、物語としての完成度も高く、読みごたえたっぷりの作品。序盤から、度肝を抜かれ心をつかまれる場面があった。借金取りがまもなく到着すると知った一家が、食料や生活必需品や大事な物をかき集めて、フェンスの外に放り投げていく場面だ。開拓時代の極貧生活が描かれる中、ユーモアが漂っており、悲壮感がない。後半は、弟の死という悲劇を経て、ルーベンの心も物語自体も深みを増し、テンポよくさまざまな展開を見せたあと、前向きな思いで締めくくられる。

 主人公のルーベンはもちろん、家族全員にそれぞれの個性とストーリーがあることにも魅力を感じる。一家の大黒柱としては少々頼りない父さんが、家族の生活環境改善のために引っ越しを決断するという流れは、この物語の骨格をなしているといってもいいだろう。大人たちの成長まで盛り込めるのは、年配の作家の強みかもしれない。

 姉のオリーブは、家に縛られ、自由に生きられない当時の女性像を映し出す登場人物。しかし、引っ越し先のパウアでも郵便局の仕事を頼まれたほか、イェイツ氏の体調管理にも関わるなど、得意分野を生かしているところに希望が見出せる。

 ルーベンの成長が描かれていることはいうまでもない。もともと冒険心旺盛なルーベンが琥珀掘りを通して独立心を養う様子、弟を亡くした悲しみと自責の念に苦しみそれを乗り越える様子が、説得力を持って語られる。学校を退学して同年代の友だちがほとんどいない中、大人たちとの関わりや彼らの愛情が、ルーベンを支えているのだ。貧しい暮らしを強いられていても、人びととふれあいながらさまざまなことに挑戦している点では、とても幸せな少年時代だと思う。

 ルーベンはウォルターの死を乗り越えたが、物語の中でウォルターが置き去りにされているわけではない。終盤に、ルーベンが琥珀掘りキャンプを訪れて墓参り(実際には墓ではないが)をしたり、そこで見つけたウォルターのポケットナイフを母さんに渡したりという場面があり、心の中でウォルターに寄り添っていることが伝わってくる。本書には伏線がはりめぐらされているわけではないが、前半の登場人物のその後を語るなどの回収作業が上手にされている。その上で、母さんが実はピアノが弾けるなどの新事実を盛り込みながら物語を結んでいるところに、作者の筆力を感じた。

「あらすじ」では端折ってしまったブレイクトン先生について、ここでふれておく。ルーベンの担任教師だったブレイクトン先生は、オリーブに思いを寄せていることもあり、ルーベンの退学後も、本やインクを差し入れてくれたり、何かと励ましてくれたりする存在だ。ラドクリフ一家がパウアへ越してまもなく、ブレイクトン先生はボーア戦争の兵士として出征する。オリーブ宛の手紙には、別れの言葉が書かれていた。読者は、ブレイクトン先生という登場人物を通して、ボーア戦争の歴史を学ぶわけだ。

 カウリの木にまつわる産業の歴史も、本書を読んでよくわかった。カウリはまず、木材として注目され、次々と伐採された。そのあと琥珀採掘ラッシュになるわけだが、それも下火になると、数少なくなったカウリの幹に傷をつけて樹液を採取するようになる(ルーベンは、オークランドから帰宅する途中に、それを試みる男たちに出会っている)。現在、カウリが保護されているのは、そんな歴史があったからなのだ。また、ニュージーランドのカウリ産業に限らずどこの国でも、短期間の繁栄のあと、廃れてしまう産業がたくさんあったのだと気づかされる。環境問題についても考えさせられる。

 ダルマチアからの移民の存在も興味深い。当時、最北部地方に大勢いたダルマチア人たちは、同じヨーロッパ系でも英国出身者とは立場に大きな差があった。巻末の解説によれば、琥珀ラッシュ後もニュージーランドに残り、農場や果樹園、ワイナリーを開くなどして暮らしを立てた者が多いという。ニュージーランドのダルマチア人を描く児童文学は少ないので、その意味でも本書は貴重である。

 実業家の3人(サブリツキー氏、エバンス氏、イェイツ氏)は、当時の最北部に実在した重要人物である。この3人それぞれの人間性や業績が、物語にうまく編み込まれている。

 

【おもな登場人物】
ルーベン・ラドクリフ…日記の書き手。ニュージーランド北島北部に暮らす13歳の少年
父ヘンリー………………まじめでお人好しのインドア人間
母エミリー………………主婦。頭痛持ち
姉オリーブ………………17歳。家事と家業の手伝いに励む働き者
弟ウォルター……………8歳。小学生。ときどき痙攣の発作を起こす

ブレイクトン先生………ルーベンの担任教師
サブリツキーさん………アワヌイの実業家。ポーランド出身
エバンスさん……………ワイパパカウリの実業家。英国出身
イェイツさん……………パウアの実業家。英国出身。ユダヤ系

 

【著者紹介】
キャス・ビーティー:1937年生まれの執筆家。著書に、「マイニュージーランド・ストーリー」の Cyclone Bola(1988年に北島東部を襲った猛烈なサイクロンが題材)、依存症や心の健康問題を抱える人びとのためのアートスタジオを紹介するノンフィクションArtsenta: the first 30 years など。また、子ども向け学習教材としての読み物を多数執筆している。趣味はダンス、山歩き、ガーデニング、水泳、太鼓演奏など。

 

【シリーズの概要】
「マイニュージーランド・ストーリー」は、ニュージーランドの歴史や出来事を題材に、少年少女の日記形式で書かれた読み物のシリーズ。登場人物の多くは架空の人物だが、物語の舞台は実在の場所で、内容もノンフィクションに近い。

 

【関連図書】
◆ニュージーランド開拓時代を描いた児童文学
『トラベラー 小さな開拓者』アン・ドルー作 越智道雄訳 金の星社 1983年(Traveller 1979)

『がんばりかあさんと6人の子どもたち』
エルシー・ロック作 百々佑利子訳 ポプラ社 1984年(The Runaway Settlers 1965)

◆北海道開拓時代の産業を題材にした短編小説集
『土に贖う』河崎秋子著 集英社 2019年