ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★Hene and the Burning Harbour 『少女ヘネと燃える町』(仮題)


【基本情報】
「ニュージーランド・ガール」シリーズ
Hene and the Burning Harbour(『少女ヘネと燃える町』仮題)

著者:ポーラ・モリス(Paura Morris)
出版社:Penguin NZ   出版年月:2013年8月
頁数:96ページ    ISBN:978-1742539447
対象年齢:小学校中学年から

*本文と巻末の解説の試訳(全訳)あり

【概要】
 19世紀半ばのニュージーランド北部。イギリス植民地となり、ヨーロッパ系の人びとが次々と移住してきたこの地で、伝染病が猛威をふるい始めた。先住民マーオリの少女ヘネは、感染した家族のもとを離れて、キリスト教の伝道所に預けられる。混沌とした社会の中、新しい生活になじむための奮闘や、弱い立場の友だちを守るための大胆な行動など、一途な少女ヘネの活躍を描いた物語。

【あらすじ】

 イギリス植民地になってまもない1845年のニュージーランド北部が舞台。10歳の少女ヘネが暮らすマーオリの村では、伝染病が流行し、双子の弟タエヒも高熱に苦しんでいる。ヘネは、感染を避けて家を離れ、パイヒアにあるキリスト教の伝道所に預けられた。

 伝道所は、イギリスからやってきたテ・ウィレム牧師とその妻マタ・ウィレムが開いたもの。ヘネはそこに住み込んで手伝いをしながら、敷地内にある学校で授業を受ける毎日を送る。学友たちはみな、ヘネと同じように伝道所で暮らすマーオリの少女たちだ。村でタエヒたちと走り回っていたおてんばなヘネにとって、ワンピースを着せられて勉強やお裁縫に取り組むのは楽しいことではない。ほかの女の子に意地悪をされることもある。しかし、先生の励ましのおかげもあって、勉強ではめきめきと成果を上げ、英語もずいぶんわかるようになった。

 ある日、学校に、ランギという女の子が仲間入りした。伝道所で暮らすのではなく、船で通ってくる。対岸の町コロラレカにある店で働いているからだ。学校に通うことになったのは、テ・ウィレム牧師の働きかけのおかげだという。ヘネはランギと仲良くなるが、ゆっくり話す時間はなく、治安が悪いと噂のコロラレカでの暮らしは想像がつかない。

 そんなとき、ヘネは、鍛冶職人ミスター・ティアキの荷物運びのお手伝いにかこつけて、コロラレカへ行くチャンスを得た。授業のあと、下校するランギと一緒に船に乗る。船上ではわくわくしていたヘネだが、コロラレカに到着すると、笑顔は消えた。港には大砲を備えた武装船が停泊しているし、町には銃を持った兵士たちがいる。そして、ランギは、ミスター・マカという白人が営む食料品店で、奴隷のように働かされていた。

 翌日からヘネは、授業中に先生の目を盗んで、ランギから状況を聞き出した。ランギは孤児で、家族の記憶もないという。ミスター・マカはほんとうにひどい人らしく、ランギをこき使うばかりか、夜には店の倉庫に閉じ込め、泥棒が来たらすぐに大声で知らせろと命令している。そんな話をした次の日から、ランギが学校に来なくなってしまい、ヘネは心配でたまらない。

 ある朝早く、「火事だ」という声で起き出すと、対岸のコロラレカに黒煙があがっていた。以前からイギリス支配に反発していたマーオリの首長ホネ・ヘケが、何百人もの部下を連れて、コロラレカのイギリス兵たちを攻撃し、町に火をつけたのだ。コロラレカから大勢の避難者が船でやってくる。伝道所では避難者を助けるために大忙しとなり、ヘネも奔走する。船の荷揚げを手伝っているとき、ミスター・マカがケリケリ(パイヒアより北にある土地)方面に避難したという情報を得た。ランギは一緒ではなかったようだ。ランギが取り残されているのではないかと思うとたまらない気持ちになったヘネは、コロラレカへ向かう最後の船に密航する。

 甲板の帆布の下に寝そべって息を潜めたまま船に揺られるヘネ。コロラレカの手前で停まった船から海に飛び込み、死に物狂いで泳いで上陸。煙が立ちこめて視界が悪い中、銃声が聞こえる町を、兵士や略奪者に見つからないよう身を隠しながら這うように進む。やっとのことでミスター・マカの店を見つけると、中は物が散乱してひどい有様だった。奥の部屋は燃えてしまっている。ふと、ヘネの耳に賛美歌が聞こえてきた。少女の声。ランギが歌っているのだ。

 倉庫を見つけ、ドア越しにランギと言葉を交わす。閉じ込められているランギには、外の状況がわからない。ヘネは、ホネ・ヘケが武力行使に出たこと、町が燃えていること、人びとがコロラレカを脱出したことをランギに伝えると、助けを呼びに走り出した。

 斧を持った略奪者の男に遭遇したヘネは、火薬やお酒がどっさりあると伝え、ランギのいる倉庫に導いた。男が、倉庫のドアに斧をふりおろす。銃声が聞こえ、炎が上がる中、ヘネはやきもきしながら見守った。ついにドアが壊れ、ランギが飛び出してくる。2人して駆け出す。けれど、あてはない。煙のせいで息苦しく、ランギの足は止まってしまう。ヘネは頭をフル回転させるも、どこへ行けばいいかわからない。〈以下略〉

【コメント】
 日本が幕末と言われていた時代、ニュージーランド社会も混沌としていました。18世紀の終わり頃から渡来し始めた欧米人の影響が強くなり、ついにはイギリス植民地となって、先住民マーオリの暮らしは大きく変わります。また、ヨーロッパ発の伝染病に、免疫のなかったマーオリの人びとがつぎつぎと感染していきます。そんな歴史的背景は、日本では学ぶ機会がないため、子どもたちはもちろん、大人でも知らないことばかりでしょう。しかし、ヘネというひとりの少女の成長を描いているという点では、本書はとてもシンプルでわかりやすく、共感を呼び起こす作品です。感染症流行の不安、ヨーロッパ風の生活や学校という未知の世界での戸惑い、ひどい目に遭わされている友だちへの思い、非常事態で絞り出す勇気、家族への思い。どれも普遍的なテーマです。

 女の子の活躍を描いているという点も興味深いです。ニュージーランドは、世界でいちばん早く女性参政権が認められた国であり、女性の活躍が目立つ国です。2022年には、国会議員の数で女性が男性を上回りました。有能な女性リーダーのひとり、ジャシンダ・アーダーン前首相の活躍は記憶に新しいところです。そんなことも踏まえた上で本書を読むと、何か発見があるかもしれません。

 この物語の歴史的背景については、本書巻末の解説で説明されていますので、そちらの訳文をお読みください。

 

【著者ポーラ・モリス

 1965年オークランド生まれの作家。マーオリと英国人の子孫。オークランド大学卒業後、ロンドン、ニューヨークほか世界各国で暮らし、2001年に帰国。文芸創作講座を受講後、作家として活躍し始める。代表作は長編小説Rangatira(2012年ニュージーランド・ポスト図書賞フィクション部門受賞)、短編集Forbidden Citiesなど。子ども向け作品は、本書の他にYA小説を数作発表している。

 執筆活動のほか、文芸創作講座の講師、編集者としても活躍。作家協会の代表も務めた。2022年、京都文学レジデンシーの招きで来日し、京都に滞在した。

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