ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★『トラベラー 小さな開拓者』

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【基本情報】
『トラベラー 小さな開拓者』Traveller 1979)
アン・ドルー作 越智道雄訳 金の星社 1983年
ISBN:9784323008943  ページ数:285  読者対象:小学校高学年から

*第30回(1984年)青少年読書感想文全国コンクール 中学生部門課題図書

【概要】
イギリスから単身ニュージーランドに渡った少年トムが、開拓地での厳しい毎日を生き延びていく。

 【あらすじ・評価】
 1855年、16歳の少年トムは、イギリスを出港した帆船での長旅を終え、ニュージーランド南島に上陸した。ところが、待っていたのは最悪なニュース。牧場でトムを雇ってくれるはずだった同郷の若者セプティマスが、事故で亡くなっていたのだ。親もとを離れて新天地にやってきたとたんに、唯一頼りにしていた人を失ったトムは、いったい、どうやって生きていけばいいのだろう?
 幸い、開拓地では人手不足で、仕事にありつくのは難しくなかった。トムはまず、ネッドという男を手伝って、牛を追う旅に出るが、途中ではぐれ、原野を何日もさまよう。その後、同じ船で渡ってきたクライブと再会し、兄弟でやっている牧場の炊事係に雇われる。そうこうするうちに、亡くなったセプティマスの共同経営者サール氏と会うことができ、彼の牧場で働き始める。
 1860年代の金鉱ラッシュ以前のニュージーランドには、町と呼べる場所はほとんどなく、本書の舞台になった南島のクライストチャーチ以南の地域は、森や原野ばかりだった。牧場を始める開拓者が牛や羊を移動させる手段は、徒歩のみ。川に橋はなく、渡るには決死の覚悟で水の中に入っていくしかない。
 イギリスの中流家庭で育ったトムは、開拓地での厳しい毎日を、ただ生き延びるしかなかった。慰めとなったのは、二匹の犬。知り合いから譲り受けた小型犬と、森の中で見つけた黒い牧羊犬だ。トムがトラベラーと名づけたこの牧羊犬は、羊を追う能力が抜群に優れていた。なんでも、羊泥棒の罪で捕まった悪名高い男マッケンジーの愛犬だったという。
 同じ牧場で境界番をすることになった若者ジョージは、わけありの脱獄囚だったが、犬の調教には慣れていて、役立たずだった犬を見事にしつけてみせた。犬を愛するこの若者は悪人ではないと信じて、トムはジョージをかばい続けるが、ジョージはなかなか心を開かない……。
 本書に描かれる開拓地での暮らしは、現代の日本とは全くといっていいほど重ならないので、ピンとこないところがあるとは思う。しかし、自分の生き方を見つけるべき年齢になった若者の描き方が秀逸で、トムの価値観や選択に、私は深く共感した。孤独な男ジョージの気持ちと、彼が背負っている重い荷物にも思いをはせた。ごまかしのない人物描写と、てらいのない文体が力強く、作者の筆力を感じる。イギリスからニュージーランドに渡った人びとの階級差や移住の背景を学べること(訳者あとがきも必読)も、本書を読む意義の一つだ。


 ニュージーランドには、開拓時代とさして変わらない風景が今でも残っている。南島の玄関口であるクライストチャーチから、西のマウント・クック方面、あるいは南のオタゴ方面へ向かうバスに乗れば、本書を彷彿とさせる景色に出会える。マウント・クックに近い町フェアリーには、実在した羊泥棒ジェイムズ・マッケンジーとその愛犬の像がある。本書を気に入った方はぜひ、ニュージーランド南島に足を運んでみてください!

www.kinnohoshi.co.jp

【作者紹介】
アン・ドルー(Anne de Roo)
 1931年、南島のゴアに生まれる。クライストチャーチのカンタベリー大学卒業。1961年に英国に渡り、さまざまな仕事をしながら執筆に励む。1967年に The Gold Dog が英国の出版社 Hart Davis に認められ、作家デビュー。1973年にニュージーランドに帰国後も、子ども向け作品を次々と発表。1984年には、読み物 Jacky Nobody で、児童書の年間最優秀図書賞(New Zealand Children's Book of the Year)を受賞。その後、神学を本格的に学び、出版社を設立。子ども向け作品執筆の機会は減るが、亡くなる直前までペンを握っていた。2007年没。邦訳は他に『ほのおの迷路』(百々佑利子訳/あかね書房/1983年)がある。