ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★Ice(仮題『アイス——白いシェパードの遠吠え』

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【基本情報】
書名:Ice(仮題『アイス——白いシェパードの遠吠え』
著者:スーザン・ブロッカー(Susan Brocker)
装画・挿絵:ミンキー・ステイプルトン(Minky Stapleton)

版元:Scholastic New Zealand  出版年:2022年2月
ISBN:9781775437567  ページ数:208
読者対象:小学校高学年から

【概要】
 自然豊かなワナカ地方に越してきた少年ザックは、父の勤務先である野生生物保護施設の手伝いを始めてまもなく、施設のオーナーが国際的な密猟ビジネスで富を築いた悪人であることを知る。動物シェルターから引き取った白いジャーマンシェパード、アイスに導かれてたどり着いた雪山では、ヘリコプターの残骸と死体を発見——
 野生動物の密猟をテーマに、ゲーム中毒だった少年と主人を失った犬の冒険を描いたYA小説。

【物語の舞台】
ニュージーランド南島南西部のワナカ地方。ワナカ湖畔にあり、サザンアルプス山脈をのぞむ風光明媚なリゾート地。スキー場も近い。

【おもな登場人物】
ザック・キャンベル………………………14歳の少年。大都市オークランドから越してきた。
ジム・キャンベル…………………………ザックの父
アナ・キャンベル…………………………ジムの再婚相手(ザックの継母)
メイソン・キャンベル……………………アナの息子。17歳
スティービー・キャンベル………………アナの娘。11歳
ブッチャー(ピーター・スラグター)…野生生物保護施設のオーナー。南アフリカ出身
スカル………………………………………ブッチャーの部下
ルワジ・ウンポロ…………………………野生生物保護施設の飼育員。年配のアフリカ人
クララ………………………………………おじと犬を探していた南アフリカの女性

【あらすじ】
 ニュージーランド南島上空で吹雪に遭い、墜落するヘリコプター。後部座席に乗っていた白いジャーマンシェパード犬は、飼い主の手で機外に投げ落とされ、雪のクッションで命を取り留める。その夜、炎上したヘリコプターの横にたたずむ犬の悲しげな遠吠えが、雪山に響いた。

 大都市オークランドで母親と2人暮らしだった14歳の少年ザックは、南島のワナカに住む父親のもとに越してきた。父は再婚し、妻アナとその息子メイソン(17歳)、娘スティービー(11歳)と暮らしている。
 学校の長期休暇に入り、継母のアナに連れられて保護犬シェルターを訪れたザックは、真っ白なジャーマンシェパードを引き取る。雪山で発見され、飼い主が見つからないというこの大型犬は、ザックを一目で気に入ったようだ。ザックはこの犬を、氷のようなブルーの目にちなんで〈アイス〉と名付ける。犬を飼うことは、ゲーム中毒で引きこもりがちなザックの生活を変えるためにと、家族で決めたことだった。
 ザックは、アイスのえさ代を稼ぐため、近くにある〈タイカ野生生物保護施設〉で手伝いを始める。ザックの父は、ヘリコプターのパイロット兼狩猟ガイドとして、この施設で働いているのだ。人里離れた広大な土地に整備されたこの施設には、ゾウやライオンが歩き回る草原や、ニュージーランド固有の希少な鳥たちの飼育場が広がる。オーナーは南アフリカ出身のピーター・スラグター氏。自然保護の大家といわれている人物で、敷地内に建てたガラス張りの屋敷に住んでいる。
 ザックの仕事は、動物飼育員であるアフリカ人ルワジの手伝いだ。施設内を案内してくれるルワジの横を、ルワジに育てられたアフリカゾウのカヤが歩く。ザックはわくわくした。オークランドでは動物とふれあう機会はなかったが、野生動物のドキュメンタリー番組はよく見ており、魅力を感じていたのだ。
 施設の中には、シャカという名の凶暴なトラもいた。一般公開されず、檻に閉じ込められている。ルワジの話では、スラグター氏は野生生物に詳しいわけではなく、このビジネスで金儲けをしているそうだ。〈スラグター(アフリカーンス語)〉は肉屋という意味なので、ルワジはひそかに彼をブッチャーと呼んでいる。また、ブッチャーの部下のスカルという男も信用できないと、ルワジはいう。
 その日、父の車の中で待っていたアイスが、突然激しく吠え始めた。どうやらブッチャーに反応したらしいが、ブッチャーのほうは妙な笑みを浮かべ、アイスを歓迎した。
 翌日、スカルとその部下たちがトラのシャカに襲われそうになったのを、ルワジ、ザック、アイスが助ける。スカルたちがシャカの檻に入ったのは、繁殖させるために地下にいるメスのもとへ連れていこうとしたのだと、ルワジが説明してくれた。地下の檻には多くのトラたちが閉じ込められており、殺されてその毛皮や骨が密売されているという。
 ザックは、アイスがいつも何かを探しているように見えるのが気になって、発見者と連絡を取った。雪山でアイスを見つけ、シェルターに預けたのは、スウェーデンから来たクロスカントリー・スキーヤーのカップルだ。気さくで親切な2人は、アイスを見つけた場所と、まわりには雪以外何もなかったことを教えてくれた。
 ザックは、アイスを連れてその場所に行くことを計画。それを聞いた義理の妹スティービーは、野外活動に縁のないザックのために、兄メイソンの古い雪山用装備一式をこっそり渡してくれた。ザックはルワジにも相談し、外出理由の口裏を合わせてもらった。アイスは賢い犬だから信じてついていけという、心強い助言ももらった。
 雪山の入り口までは、スキーリゾートへの送迎バスを利用。アイスに導かれて徒歩で山に入る。2時間以上歩き続けたあと、アイスが何かを探知し、雪原を掘り始めた。ザックもピッケルを使って掘っていく。現れたのは、焼け焦げたヘリコプターの残骸と、人の腕だった。アイスは悲しげに遠吠えし、なかなか離れようとしない。この腕は、アイスの飼い主だった人物のものなのだ。袖に記章がついていたので、外してリュックに入れた。
 携帯電話は圏外なので、電話での通報はあきらめ、帰途につく。藪の多い道を避けて、来た道と違うルートを進むうち、地面の隙間から洞穴に転落してしまった。幸いザックもアイスも無傷だったが、穴は深くて這い上がれない。細いトンネルのような道があったので、アイスのあとについて這っていくと、広い場所に出た。さっき落ちた穴よりは浅い洞穴だ。アイスが妙に興奮している。その理由は、そこにあった黒いバンだった。車内に人の姿はなく、トラの頭、毛皮、象牙、サイの角などがどっさり積まれている。合法取引ができるヒマラヤタールの毛皮の下に隠して積んだようだが、今はぐちゃぐちゃになっている。このバンは、凍結した道路で滑って転落したのだろう。
 ザックは洞穴の壁をよじ登り、地上に出ることができた。アイスを脱出させる方法は、日頃やっているアドベンチャーゲームがヒントになった。バンの座席のカバーを外してアイスの胴体に巻き付け、ロープで引き上げる。その後は無事に道路に戻り、ヒッチハイクで帰宅。父に問い詰められたザックは、ヘリコプターの残骸と死体を発見したことを話すが、信じてもらえない。バンのことは到底信じてもらえないと思い、口にしなかった。写真は撮ったのだが、アイスを吊り上げるときに携帯電話を落としてしまったのだ。ザックと父は、険悪な雰囲気になる。
 自室でザックは、持ち帰った記章の文字をネット検索。あっというまに重要な手がかりがヒットし、南アフリカ共和国ヨハネスブルクの国際空港の記章だとわかった。アイスと飼い主は南アフリカから来たということだろうか。それなら、ニュージーランドで捜索願が出ていないことも腑に落ちる。ザックはスティービーとも相談し、自分の住所を伏せた上で、ヨハネスブルクの迷子犬情報サイトにアイスの情報と写真を投稿した。まもなく、ヨハネスブルク在住の女性クララから、その犬を探していたとメールが届く。アイス(元の名はブルー)は空港で働く密猟品探知犬で、クララのおじアドリアーンがそのハンドラーだったのだ。アイスもアドリアーンも、一か月以上前から行方不明だという。ザックとスティービーは、墜落したヘリと死体のことも正直に伝える。死体はアドリアーンに間違いなさそうだ。
 翌日、ザックがルワジにすべてを報告すると、ルワジはそれまで伏せていた情報を明かした。ブッチャーは、野生生物の違法取引で巨万の富を築いている。ルワジの故郷である南アフリカの貧しい村の学校や井戸の整備に投資して、その見返りに村人に密猟をさせているのだ。ほかにも、ブッチャーに牛耳られている村はたくさんある。象牙、サイの角、それにトラの骨などは、アジアのブラックマーケットで高い値がつく。ブッチャーは、ニュージーランドに自然保護施設を作って隠れ蓑にしているのだ。ニュージーランドの税関は、タイカ野生生物保護施設の表向きの顔しか知らず、ブッチャーを自然保護活動家だと信じている。
 ブッチャーが、優秀な探知犬アイスとそのハンドラー、アドリアーンをニュージーランドに連れてきた理由は、2つ考えられる。①彼らがヨハネスブルクの空港にいると商売の邪魔だから。②密猟品を積んだまま行方不明になったバンを見つけさせるため。——どちらにしても、最終的には殺すつもりだったに違いない。
 ルワジは、ブッチャーの違法行為について自分が話したことは決して口外するなとザックに念を押した。ブッチャーがアイスを狙っているから気をつけろと、警告もしてくれた。
 その日、帰りの車の中で、父とザックは和解する。アナとスティービーの働きかけもあって、父はザックを信じることにしたのだ。ザックは、アイスとアドリアーンのこと、犯罪が絡んでいることを父に話した。ブッチャーは危険人物だが、だからこそ証拠品を警察に渡したいと、ザックは強く思う。
 翌日、父、ザック、義兄のメイソン、そしてアイスは、雪山に向かった。父とメイソンは野外活動に慣れており、装備には抜かりがない。父は衛星電話も持っている。
 四輪駆動車を降りて徒歩で山へ入る。アイスに導かれて順調に進み、ヘリコプターの墜落現場に到着。父とメイソンが雪原を掘り、死体3体を見つけた。父が通報しようと電話を取りだしたとき、頭上で轟音が響いた。ヘリコプターだ。
 着陸したヘリから出てきたのは、ブッチャー、スカル、3人の手下たち、そしてスティービーだった。スティービーは、その日の朝、ルワジに会うためにタイカ保護施設を訪れ、ブッチャーにつかまって人質にされてしまったのだ。ブッチャーたちが迷わずここに来たのは、アイスの首輪にこっそり取り付けた探知機のおかげだった。
 ブッチャーは、密猟品を積んだバンのもとへ連れていけと命令。アイスを進めるのはザックの役割だ。父とメイソンは片脚を縛られてつながれ、銃を突きつけられたまま歩かされる。アイスはもともと警察の捜索犬で、その後空港の探知犬になったのだとブッチャーが明かした。こんな情報を漏らすということは、いずれ全員を殺すつもりなのだろう。〈*以下略〉

【感想・評価】※結末にふれています。
 スーザン・ブロッカーが8年ぶりに発表したYA読み物。動物が大好きで、ほぼすべての著書の中で動物を活躍させているブロッカーは、野生生物の保護にも深い関心を寄せている。本書を執筆するきっかけになったのは、2013年にアフリカ南部の国々を訪れてサバンナ巡りを楽しんだとき、密猟について知ったことだった。また、アイスと同じ白いジャーマンシェパードである愛犬との関わりが、物語の柱を作ったといえる。
 語りは主人公ザックの視点の三人称。各章は4〜7ページと短めで、めりはりが利いている。前半の展開は比較的ゆっくりだが、後半はハラハラドキドキの連続。確かなリサーチのもと緻密に練られたストーリー展開が、読者を引き込む。
 ザックはゲーム中毒という設定で、オークランドでの学校生活や母親との暮らしがうまくいっていなかったと想像できる。しかし、そういった過去の問題は垣間見える程度に留め、新天地でのザックとアイスの冒険の部分に重きを置いた、ストーリー主導の作品になっている。そして、悪人との対決や山でのサバイバルという冒険の中に、ザックと新しい家族の絆が育まれる様子が織り込まれている。
 ブロッカーの作品はどれをとってもそうだが、本書でも動物の描写が秀逸で、動物たちへの信頼、尊敬の念、愛情が感じられる。それだけに、本書の大きなテーマである野生生物の密猟問題の描き方にも説得力がある。金儲けのために動物の虐待や殺戮が行われていることは紛れもない事実であり、ショッキングだ。日本では、ワシントン条約違反の事例や外来種による生態系破壊の問題は伝えられているが、絶滅危惧種の大型哺乳類が密猟され、それが闇の巨大ビジネスになっていることはほとんど知られていないのではないだろうか。インターネットで「poaching(密猟)」を画像検索すると、目を覆いたくなるような残酷な写真が見つかる。他人事ではなく、日本での象牙人気も大きく関わっているという。
 ブッチャーが捕まって余罪も暴かれるという結末は、できすぎだと感じる人もいるかもしれない。おそらく現実はもっともっと複雑で厳しいのだろう。とはいえ、この理想的な結末には希望が託されている。最後の一文にこもった切なさも心に響く。
 ブロッカーは、本書を読んだ読者が野生生物に関する問題を自主的に学んでくれたらうれしいと、前書きに書いている。本書は日本の読者にとっても、密猟を知り、野生生物保護について考えるきっかけになるだろう。

 
【作者紹介】
スーザン・ブロッカー(著)
 ニュージーランド北島で生まれ育つ。ワイカト大学で歴史を専攻。学習教材の執筆者、編集者として活躍したのちにフルタイムの作家となり、子ども向け読み物の執筆を始める。歴史物や動物を絡めて家族や友情を描いた読み物を得意とし、確かな筆力を持つ。代表作は、Dreams of WarriorsThe Drover's Quest、第1次大戦を描いたYAシリーズ第1巻の 1914 Riding into War など。
 北島北部のタウランガで、夫と愛犬、愛馬ほか多くの動物たちと暮らす。動物虐待防止協会のボランティアで子猫を預かるなど動物愛護活動にも関わっている。

ミンキー・ステイプルトン(装画・挿絵)
 オークランド在住のイラストレーター。南アフリカ共和国で生まれ育ち、オーストラリア在住を経てニュージーランドに移り住む。さまざまな分野のイラストを手がける中、児童書の世界でも注目されている。絵本 Things in the Sea are Touching Me(Linda Jane Keegan文)は、2019年ニュージーランド児童書及びYA小説賞絵本賞のショートリストに選ばれた。