ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★Draw Me a Hero(仮題『描いておくれ、ヒーローを』)

 児童図書賞のYA部門で最終候補に残った作品です。レジュメを書くのに時間がかかってしまいましたが、さわやかないいお話でした。ご紹介します。

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【基本情報】
書名:Draw Me a Hero(仮題『描いておくれ、ヒーローを』)
著者:N・K・アッシュワース(N K Ashworth)
版元:Lemon Ink, an imprint of Lasavia Publising Ltd
出版年:2020年12月
ISBN:9780995139855  ページ数:152(本文138)  読者対象:中学生・高校生

テーマ:グラフィックノベル創作、母子家庭、家族、友情、交通事故、摂食障害、同性愛
*2021年ニュージーランド児童書及びヤングアダルト小説賞 ヤングアダルト賞候補作品

【概要】
 14歳のジェーンは、母と姉と3人暮らし。絵を描くことが大好きだけど母には歓迎されないし、母子家庭で生活は苦しいし、ろくなことがない。そんなある日、ベイリー・サマーという少年が近所に引っ越してきて、ジェーンの私生活にずかずかと入り込んでくるようになった。最初は疎ましく思っていたが、ベイリーの助言はいつも的確で、ジェーンたち一家の毎日に明かりがともっていく。ただ、ベイリーは自分のことはあまり語らず、謎めいていた――

【主な登場人物】
ジェーン・ドーソン…語り手。オークランド郊外で暮らす14歳の少女。
マッド…ジェーンの姉。16歳。フルネームはマデリン・アナベル・ドーソン(イニシャルがMAD)
ママ(ローラ)…ジェーンたちの母。35歳のシングルマザー。
ベイリー・サマー…近所に越してきた少年。ジェーンのクラスメイト。
トニー・レムス…ママと付き合い始めた男性。46歳。警察官。

 

【あらすじ】
 14歳のジェーン・ドーソンは、ママと姉(通称マッド)と3人暮らし。生まれる前に両親が離婚しており、パパの顔は知らない。ママは学校の清掃員と高齢者ホームでの仕事をかけもちしているが、母子家庭の暮らしは苦しく、ジェーンはスマホも持っていない。絵を描くことが大好きだけど、美術なんかより将来に役立つ勉強をしなさいと、ママからいわれている。

 9月のある日、ジェーンがキッチンのテーブルでスーパーヒーローの絵を描いていると、近所に越してきた若者ベイリー・サマーが、牛乳を借りにやってきた。見た目はかっこいいけれど、妙にちゃっかりしているし、ジェーンの絵を見てからかってくるし、むかつくやつだ。

 翌日学校に行くと、そいつがジェーンのクラスに転入してきた。昼休みに話しかけてきて、サンドイッチを横取りした上に、スーパーヒーローもののグラフィックノベルを共同制作して発表しようと誘ってくる。自分がストーリーを書くからイラストをつけろというのだ。その強引さに口をあんぐり開けるジェーンだが、試しに描いたイラストを絶賛され、だんだんその気になっていく。

 ベイリーはジェーンのママに、庭掃除の手伝いを申し出た。毎週日曜日に芝刈りをするから、報酬としてランチを食べさせてほしいという。ベイリーの両親は演劇の仕事で忙しく、日曜日は留守なのだそうだ。芝刈りをしてもらえるのはありがたいので、ママは喜んで受け入れた。

 ある日曜日、ジェーンは、眼鏡をやめてコンタクトにすることをベイリーに勧められる。ちょうどその週に眼科の定期検診があったので、ベイリーの言葉に従ってコンタクトに変えた。続いて、いつも結んでいた長い髪を、ベイリーにいきなり切られてしまう。最初は激怒したジェーンだが、ブローのあと鏡に映った自分を見て、見違える。

 そんなジェーンを目の当たりにして、ママもベイリーにヘアカットを頼み、イメージチェンジ。ベイリーが上手にカットできるのは、ヘアメイクアーチストである母親の影響らしい。ジェーンのママは、ベイリーが相手だとリラックスできるようで、訊かれるままにいろいろなことを話した。本が大好きなので図書館司書になりたかっただなんて、ジェーンは初耳だ。18歳で結婚したママは、学歴がないから司書なんて無理だと決めつけているのかもしれない。

 その数日後、学校で三者面談があった。担任の先生は、どこで手に入れたのか、ジェーンが描いたイラストのコピーを持っていた。そして、ジェーンは絵が上手だから美術の授業をとってはどうかと提案し、最近ではアート系も将来性があるとママに説明してくれた。

 翌日、ベイリーが、この高校の図書室で職員を募集していることを教えてくれる。ジェーンたちの励ましを得て、ママはそれに応募。見事採用されて働き始め、心に灯がともる。

 が、そのあと、ちょっとした災難が続く。車が壊れ、ペットの猫が病気になり、パソコンがウィルスにやられてしまった。おまけに大家さんからは、「この家を売りに出すかもしれない。そしたら出ていってもらうからな」と脅され、ママは再びストレスを抱える。

 そんなときベイリーが、オークランド中心街のカフェで、ドーソン一家3人にお茶をおごってくれた。そのあと向かいのアートギャラリーに立ち寄り、ちょうど開催中だったオーストラリアの画家の展覧会をのぞく。その画家は故人だが、最近注目され始め、作品の価格がうなぎ登りだそうだ。なんでも、オーストラリア領の島で暮らしていたが、交通事故で亡くなり、遺族が見つからないので、売り上げはすべて慈善事業に寄付されるという。その画家の姓がドーソンなので、遠い親戚かもと冗談をいっていたら、親戚どころではなかった。離婚してから音信不通だったジェーンたちの父親、アンドリュー・ドーソンだったのだ。ママは、この人の初期の作品を2つ持っていると主張して、マッドとジェーンを係員に紹介。そして、アンドリュー・ドーソンの事務弁護士の連絡先を尋ねる。

 ベイリーは、ジェーンの姉マッドが深刻な摂食障害であることにも気づいて、忠告してくれる。おかげでママは、手遅れになる前にマッドを病院に連れていくことができた。治療のためにカウンセリングに通い始めたマッドは、学校のミュージカルに出演したいといいだした。親の期待に応えるために自分を殺していた優等生のマッドが、自分を取り戻し始めたのだ。また、それまであまり仲がいいといえなかったジェーンとマッドの会話も増えていく。

 ベイリー・サマーは不思議な人だ。生活に困難を抱えるドーソン一家を助け、導いてくれるスーパーヒーローのような存在。その一方で、自分のことはあまりしゃべらないし、妙に大人っぽいし、ときどき目を潤ませていることがあり、謎めいている。ジェーンは、上半身裸で芝刈り機を操作するベイリーの胸に、ひどいやけどの痕があるのを見つけていた。三者面談の時に連れてきたお父さんは、どう見てもにせものだ。また、ベイリーが創作するグラフィックノベル(タイトルは『つぐない』)は、主人公の家族が死に、惑星は破壊されるという暗い内容だ。救いがなくて、ジェーンは読んでいて怖くなったほど。

 マッドは、もっと現実的なことにも気づいていた。ベイリーが住んでいる家の持ち主ピーターソンさんが、長期休暇からもうすぐ帰ってくる。そしたらベイリーは引っ越さざるを得ないだろう。一人で不法居住しているのだろうから。

 ジェーンはそれを聞いて衝撃を受けるが、よく考えると合点がいく。両親の姿は見たことがないし、ベイリーは何かと食べ物を求めてくる。それに、ここは暫定の住まいだと本人もいっていた。また、自分は同性愛者だとベイリー自身がいっていたこともわかった。

 司書に転職したママは、週末だけシフトに入っていた高齢者ホームの仕事を辞めた。ジェーンとマッドは、時間的余裕ができたママにボーイフレンドを見つけようと、マッチングサイトに登録。乗り気でなかったママも折れて婚活を始め、妻に先立たれた46歳の警察官、トニー・レムスとデートするようになった。

 ジェーンは、12月はじめの土曜日、ベイリーに誘われ、バスとフェリーを乗り継いでワイヘキ島(*オークランドからフェリーで40分ほどのところにある島)を訪れた。野鳥を見たり眺めを楽しんだりしながら散策し、ジェーンが用意したサンドイッチを食べる。水筒が空になると、水をくめる場所を知っているといってベイリーが先に立って歩き出した。着いた先は一軒の空き家。この島によくあるホリデーハウスだそうだが、ジェーンが中をのぞくと、ときめくような素敵なドールハウスがあった。その家の庭の水道で水をくみ、17時のフェリーで帰途につく。家に帰るバスの中で、ベイリーは『つぐない』の最終章の原稿をジェーンに渡す。ジェーンは、いまだに謎の多いベイリーに、イエスかノーで答える質問をして、気になっていたことを聞き出した。
・〈ベイリー・サマー〉は本名ではない。
・ピーターソンさんとは親戚でも知り合いでもない。
・三者面談に来た男性は父親ではなく赤の他人。
・これきり会えない。
・ベイリーは同性愛者である。

 そして、自分はベイリーを心から大切な友達だと思っているとジェーンが告げると、ベイリーも同じ気持ちだとこたえてくれた。マッドはまだ摂食障害を脱してないからちゃんと見守れよと、助言もしてくれた。グラフィックノベル『つぐない』については、以前示していた出版の意欲は失っており、「自分が引き起こしたひどいことのつぐないのために書いただけだ」とのこと。

 ジェーンが家の近くのバス停で降りてから振り返ると、ベイリーは降りていなかった。バスはベイリーを乗せたまま行ってしまった。ベイリーとはこれでお別れなのだ。本当の名前もわからないままに……。〈*以下略〉

【作中のグラフィックノベルの内容】
■タイトル:『つぐない』
■登場人物
プロトン:地球上で困っている人を助けて回るスーパーヒーロー
プロテクター卿:プロトンの父
■ストーリー
〈カインの民〉との戦争で、惑星が破壊された。火の玉の攻撃で家族を失い、自分も大やけどを負ったプロトンは、一人で地球に逃げてきた。目に特別なパワーを持つプロトンは、スーパーヒーローとなって、あちこち転々としながら、困っている人びとを助けている。故郷の惑星で家族の命を救えなかったことのつぐないのためだ。敵であるカインの民のことは、今でも警戒している。一方、プロトンの父プロテクター卿は、息子の行方をさがしていた――

【感想・評価】※結末にふれています。
 ベイリーは、私が中学・高校時代に読んでいた少女漫画に出てきそうな登場人物だ。容姿端麗で、しれっと強引なことをする大人っぽい高校生男子。しかし、その裏には悲しい過去があり、苦しみを抱えていることが徐々にわかってくる。

 ベイリーがドーソン一家の目を開かせていくさまは、うまくいきすぎに思えるところもあったが、作中のグラフィックノベルの主人公が持つ特別な目力と、「見えないものを見える化する」(make invicible vicible)というコンセプトにより、説得力を感じた。ぼんやりしていると見えないことも、感覚を研ぎ澄ませることで見えてくるものなのだ。

 また、漫画的な要素を取り入れることで、シリアスな題材であるにもかかわらず、ユーモアがきいた心地よいトーンの語りになっている。

 ベイリーのおかげで様々なことに開眼する主人公ジェーンの成長がはっきり見てとれることも、読んでいて気持ちがいい。生活苦を抱える母子家庭で育ち、だれにも期待されない存在だったジェーンが、大好きな絵に堂々と打ち込める環境を手に入れ、他者のために心を尽くせる少女になっていったことが、なんともさわやかだ。ジェーンという少女が魅力的に描かれていることが、本書の最大の魅力だと思う。

 N・K・アッシュワースの作品は初めて手にしたが、章と章のつなぎや転換が上手で、スムーズに読めた。ちょっとした伏線も効果的に張られており、ミステリーとしても楽しめる。父子の再会場面をあえて描かずに、その直前で終わっているところも上手だと思う。渡り鳥のこと、先住民マーオリのことわざ、オークランド大学の時計台の歴史など、ニュージーランドらしい風物詩を盛り込むことで、物語に深みが出ているとも感じた。

 LGBTを扱っていることも本書の特徴の1つだ。LGBTについては、メディアで取り上げられることが増え、理解が深まってきたように思う。児童・YA文学のモチーフとしても珍しくなくなり、私自身、本書でベイリーが同性愛者だと知っても、特に驚かなかった。ベイリーの同性愛告白に、父親がショックを受けてしまった一方で、母親や妹やドーソン一家はわりと冷静に受け止めていることも、社会の意識の変化が反映されているように思い、興味深かった。

【作者紹介】
N・K・アッシュワース
 ワイヘキ島在住の作家。子どもの頃から空想癖があり、頭の中で物語を作ることはあったが、作家を志したことはなかった。50歳のときに豪雨で被災した際、現実から逃れるために久しぶりに頭の中で創作をしたことが文筆活動のきっかけ。デビュー作は2015年出版の長編小説 "The Falconer's Daughter"。のちに続編が2冊出て3部作となり、2020年に1冊にまとめて "Island Legacy" というタイトルで改めて刊行された。美術史の学位を持ち、ファンタジーをテーマにした絵や彫刻を制作する。