ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★CHINATOWN GIRL –The Diary of Silvey Chan, Auckland 1942(仮題『チャイナタウンの少女〜シルビー・チャンの日記〜1942年オークランド』)

f:id:nzbook:20160228093336j:plain

【基本情報】
書名:MY STORY "CHINATOWN GIRL –The Diary of Silvey Chan, Auckland 1942-"
  マイストーリー シリーズ(仮題『チャイナタウンの少女〜シルビー・チャンの日記〜1942年オークランド』)
  *2006年ニュージーランド・ポスト児童書及びYA小説賞 児童読み物部門候補作品
著者:エヴァ・ウォン・グ(Eva Wong Ng)
出版社:Scholastic New Zealand
出版年:2005年
頁数:208ページ(本文178ページ)
ISBN:978-1869436599
対象年齢:小学校高学年から
 *試訳(部分訳)あります

【構成】
 巻頭に中国語(広東語)の単語集、巻末に、中国系移民についての解説(6ページ)と参考写真(9ページ、10点)あり。さし絵なし。

【概要】
「マイストーリー」は、歴史的事実に基づいて、日記形式で書かれたフィクションのシリーズ。本書は、中国人移民3世の少女が1942年に書いた日記の形をとっている。

 シルビー・チャンは、オークランド中心部の小さな中国人街で暮らしている。平日はヨーロッパ系の学校、週末は中国人学校に通いながら、家業の食料品店や家事を手伝う毎日だ。中国の伝統を守る両親や同郷人との暮らしを楽しみ、中国人として誇りを持っているが、ヨーロッパ系の人々の清潔で豊かな暮らしや、アメリカ的なものへのあこがれも感じている。折しも第2次世界大戦まっただ中。真珠湾攻撃の翌月から始まる日記であり、太平洋を南下する日本軍の脅威を、ニュージーランド全体が強く意識していた年のできことが書かれた作品である。


【あらすじ(月ごとの日記の内容)】
1月(30ページ)
・日記を書き始めたきっかけと、自己紹介、家族の紹介などに始まる。
・南半球の1月は夏休み。シルビーは、両親が経営する食料品店や家事を手伝い、中国人学校の補修に通う日々を送る。
・親友のジュディは、夏休みを田舎で過ごしているので、会えなくて寂しい。
・先学期まで通っていた学校は、戦争の影響で閉校になったため、新学期(2月)から、少し離れた学校に編入することになる。
・先学期は、中国人をねらういじめっ子に悩まされた。
・見ず知らずの中国人少年サニーにデートに誘われ、困惑する。
・フィリピンのマニラが、日本軍の爆撃によって陥落。日本軍への敵意を感じる。

2月(52ページ)
・新しい学校に通い始める。順調なスタート。「家族の歴史研究」という課題が出されたので、両親と祖父に取材をした。ふだんは気難しい祖父が、たくさん話してくれた。


 祖父の話の内容
 故国中国の農村で、貧困に苦しんでいた。海外の金鉱で成功して戻ってきた者がいることを知り、祖父も金鉱目当てでニュージーランドに渡った。しかし金はすでに枯渇していた上、ひどい差別を受けた。白人に罵倒され、高額な税金を課せられる過酷な状況の中、野菜作りで生計を立て、その後、店を出した。必死で働き、お金を貯めて息子(シルビーの父)を呼び寄せることはできたが、ニュージーランド政府が中国人の入国を禁じたため、妻は中国に残り、中国で亡くなった。


・祖父の話を聞いたシルビーは、中国人移民の苦難の歴史を知り、差別を憎む。
・2月15日は旧正月の元日。大みそかは、家族一同、新年を迎える準備に大忙し。夜は大勢でごちそうを食べる。シルビーは、こんな新年の迎え方が気に入っている。
・旧正月の休暇中に、オークランドじゅうの中国人が集まる野外行事で盛り上がった。
・中国人の友人マイから、アヘン吸飲所の話を聞き、闇の世界のことを知る。
・身分証明の名札が配られる。空襲にそなえた避難訓練、学童疎開の勧めなどもある。
・シンガポールとオーストラリアのダーウィンが爆撃され、日本軍の脅威をより強く感じ始める。

3月(5ページ)
 学校で家族の歴史を発表し、よい評価をもらう。また、担任の先生が「中国人差別は、あってはならない」と、クラス全員に向かって明言してくれたことをうれしく思う。

4月(11ページ)
・イースター休暇と清明節についてふれている。
・砂糖が配給制になり、配給手帳が配られる。
・港で火事がある。
・中国人の幽霊が出るという噂に興味を持ち、兄と2人で夜中に確かめに出かけ、謎の叫び声を聞く。

5月(14ページ)
・期末テストが終わり、秋休みになる。
・隣人の家族が、苦労の末に中国から渡ってきて一緒に暮らし始める。子どもたちもいて、中国人街に仲間が増えた。
・「珊瑚海(オーストラリア、ニューギニア近海)海戦」で、アメリカ軍が日本軍の南下を阻止した。シルビーたちも胸をなでおろす。

6月(8ページ)
・オーストラリアのシドニー湾で、日本軍の特殊潜水艇3艇が、連合国軍の戦艦を攻撃。うち2艇が自爆する。
・お茶が配給制になる。
・ニュージーランドに米軍が駐留することになり、それを祝って盛大な軍事パレードが行われた。連合国の一員、また、太平洋国家の一員として、アメリカとニュージーランドは手を取り合い、日本と戦うことになるのだ。シルビーたちも、ほかのニュージーランド人同様に盛り上がり、米軍の協力を心強く思う。〈*以下略〉


【感想・評価】※結末にふれています
 この作品は、ニュージーランド近現代史における大きな社会的テーマをふたつ携えている。ひとつは中国人移民についてであり、もうひとつは第2次世界大戦との関わりだ。
 私は、この作品を読むまで、第2次大戦におけるニュージーランドの最大の敵国が日本だったことを知らなかった。
 戦争中、ニュージーランドでは、それまで中国人を差別していたヨーロッパ系の人々が、中国人に歩み寄った。また、イギリス連邦国家であるニュージーランドが、アメリカと手を取り合った。いずれも、日本という共通の敵を持ったがゆえのことだったのだ。
 語り手のシルビーが中国人であることが、日本人読者に、より複雑な思いを抱かせる。中国人は、ニュージーランドに住むヨーロッパ人や他の民族の人々より、日本軍を憎む気持ちが一段と強かったはずだ。われわれ日本人にとって、非常に重いテーマを扱った作品である。
 しかし、シルビーの語り口は、読者の心に重くのしかかるものではない。シルビーはまだ12歳の少女であり、当時の中国人街の住人としては、比較的恵まれた生活をしているおかげで、素直でおだやかだ。また、日本の中国侵略を経験しているわけでもなく、日本人に対して個人的な憎しみを抱いてはいない。そんなシルビーの語り口のおかげで、日本の読者にとっても読みやすい作品となっている。
 また、中国人のシルビーが、自分たちの暮らしを、ヨーロッパ人にも理解しやすいように説明しているので、冒頭から非常にわかりやすいことが、この作品の魅力のひとつだと思う。同じアジア人としての共通点もたくさん感じた。
 そして、この作品最大の魅力は、シルビーの思いがまっすぐに伝わってくることだ。中国人としての誇りと伝統を大切に思う一方で、白人の文化やモダンなものにあこがれる気持ちは、少女から大人に成長していく過程で誰もが抱くもので、大いに共感できる。11月と12月の日記は、中国系米兵3人との交流の話が中心になり、シルビーが胸を高鳴らせる様子が、生き生きと語られている。幸せなときは長く続かず、別れのときに泣きじゃくる場面は、非常に切ない。(中国系に限らず、米兵がニュージーランドの一般家庭を訪れて交流することは、当時よくあったそうだ)
 12月31日の日記には、シルビーの思いが凝縮されている。戦場の兵士たちを思い、胸が張り裂けそうになると同時に、この出会いは戦争のおかげだったのだという複雑な気持ちも表している。また、3人の兵士の中でも、特に仲良くなったトムの名前を最後に出していることも、シルビーという少女の心のうちをリアルに表している。私は、この部分が最も心に残った。
 青年兵士たちと出会うまでは、日常のできごとを切り取るような内容で、物語性に欠けることは否めない。しかし、中国系移民の暮らしと、ニュージーランドにおける太平洋戦争について知ることができるという点で非常に興味深く、物足りないとはまったく思わなかった。日本の隣国である中国の人々を理解するためにも、厳しい環境を必死で生きぬいてきた中国人移民の歴史を知ることは、大きな意味があると思う。
 最後に、蛇足かもしれないが、その後のシルビーに思いをはせてみたい。歴史を調べてみると、ニュージーランドは、直接攻撃を受けることなく終戦を迎えた。ヨーロッパでは多くのニュージーランド兵が命を落としたし、戦争の傷跡は小さくないが、少なくとも、シルビーたちのような中国人移民が犠牲になるような悲惨な史実はないようだ。著者 Eva Wong Ng が、仕事と家庭を両立させ、作家にもなったことを思うと、シルビーもきっと立派に成長し、幸せになっただろうと想像できる。勝手な想像ではあるが、こんなことを思わせるほど、シルビーは私を魅了した。
 なお、この中国人街は、オークランドに実存したもので、著者も子どもの頃慣れ親しんだ場所である。

【著者紹介】
 Eva Wong Ng は、1934年オークランド生まれの中国人移民3世。家業の青果店を手伝いながら学校に通い、薬剤師の資格を取得して、病院や薬局で働く。結婚し、子育てが一段落してからも薬剤師としてのキャリアを積んだが、49歳のときに、以前から好きだった執筆活動を本格的に始める。作品に、短編集 "Shadow Man" があるほか、地方紙の書評や、雑誌「スクールジャーナル」の記事執筆も手がけてきた。同じ中国系の夫、James Ng 氏(医師であり、ニュージーランドにおける中国人の歴史研究者でもある)とともに、南島のダニーデン在住。