ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★The Wild West Gang(仮題『ワイルド・ウエストギャング団』)

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【基本情報】
書名:The Wild West Gang(仮題『ワイルド・ウエストギャング団』)
The Wild West Gang and the RaftThe Wild West Gang Go Campingの2編)
    *1999年ニュージーランド・ポスト児童図書賞 児童読み物部門候補作品
著者:ジョイ・カウリー(Joy Cowley)
表紙及び本文挿絵:トレヴァー・パイ(Trevor Pye)

出版社:HarperCollins New Zealand
出版年:1998年
頁数:本文113頁
ISBN: 978-1869502850
対象年齢:小学校中学年から
*試訳(全訳)あります

**本作は全5巻の第1巻。2011年10月に、5巻を1冊にまとめた新版 Stories of the Wild West Gang が、Gecko Pressから発行された。

【本書の概要】
 どちらかというとまじめな小学生の男の子マイケルと、親戚のウエスト一家というはちゃめちゃな家族のエピソード。現代のニュージーランドの平凡な町を舞台に、子どもたちののびのびとした日常生活を描いた作品。

 
 【おもな登場人物】
マイケル……………この物語の語り手。サラリーマン家庭のひとりっ子。10歳ぐらい。
マイケルの両親……やさしいが、上品で神経質。趣味はゴルフ。

〔ウエスト一家〕
ロージーおばさん…マイケルの母の姉。豪快で大雑把だが温かい人柄。
レオおじさん………ロージーおばさんの夫。一年中冗談をいっている。
ロイス………………長男。好奇心旺盛でクリエイティブ。 お金もうけに目がない。
ミランダ……………長女。バック宙返り、ギター、ヨーデルが得意な明るい女の子。
ジョニー……………双子のかたわれ(男の子)。ニワトリを飼っている。バレエが得意。
ジーニー……………双子のかたわれ(女の子)。ハツカネズミを飼っている。特技はげっぷ。
ハニー………………末っ子で2歳の女の子。ハニーは愛称で、本名は不明。

【あらすじ】
The Wild West Gang and the Raft(52ページ)
「ワイルド・ウエストギャング団といかだ」(仮題)

 小学生のマイケルはひとりっ子。パパとママはやさしい反面、上品で神経質だから、あまりおもしろいことはやらせてもらえない。
 ある日、親戚のウエスト一家が近くに引っ越してきた。マイケルはうれしさを隠せない。ロージーおばさん、レオおじさん、それに5人の子どものこの一家は、全員型破りで、毎日がお祭りみたいなのだ。
 パパとママがゴルフ旅行に出かけた週末、ウエスト家に泊まりにいったマイケルは、ウエストギャング団の一員として歓迎される。足を踏み入れると、そこは別世界。みんながいいたい放題で、家の中もめちゃくちゃ。ロイスの部屋なんか、ウジ虫のわいたウサギの死体が転がっているし、床には大きな穴があいている。ウサギは、皮をはいで売るため、穴は、真下にある洗濯室に、洗濯物を落とすためにあるそうだ。常識破りだけど、どこまでも前向きで明るいウエスト一家にまじって、マイケルは、驚きと興奮に満ちた2日間を過ごす。〈*以下略〉

                     ***

The Wild West Gang Go Camping(61ページ)
「ワイルド・ウエストギャング団、キャンプにいく」(仮題)

 マイケルは、ウエスト一家と一緒に、生まれて初めてキャンプにいった。
 車酔いしたジョニーの汚物を浴びたり、キャンプ場で牛のフンを踏んだりと、初っぱなから災難続きのマイケル。ホームシックになりかけたけれど、ミランダの歌うヨーデルに励まされ、夕食の席に加わる。たき火を囲んでのバーベキューは、最高に、おいしかった。夜は、テントの中で怪談だ。
 翌朝は、朝食のあと、ロージーおばさんとハニーを残して、みんなで森の中に遊びに出かけた。ウエスト一家恒例の遊びがいくつかあるらしい。〈*以下略〉

【感想・評価】
「ワイルド・ウエストギャング団」シリーズは、現代のニュージーランドの平凡な町を舞台に、子どもたちののびのびとした日常生活を描いたリアリズム作品だ。
 第1巻である本作を、私は高く高く評価している。シンプルな物語のあちこちに笑いのポイントがあり、最初から最後まで楽しく読める。ウサギの死体、ウジ虫、台所の不潔さなどの描写は、日本の現代っ子たちにはちょっと過激かもしれないが、ごく普通の少年であるマイケルが、驚いたり戸惑ったりしながら語ることで和らげられ、読みやすくなっている。ロージーおばさんやレオおじさんの個性的な冗談や、好奇心旺盛な子どもたちの奇想天外な発想や発言を楽しみ、ワイルド・ウエストギャング団のパワーを感じてほしい。
 ウエスト家はあまりお金持ちではなく、テレビやハイテクおもちゃも持っていない。子どもたちは、いつも自分たちで楽しみを見つけ、大らかな両親に見守られて、のびのびと遊んでいる。著者ジョイ・カウリーは、自分の子ども時代とだぶらせて、この物語を書いたのだろう。病弱な両親のもと、貧しい家庭で育ったカウリーは、「貧しいと、子どもというのは、サバイバル術を身につけるものなのよ」という。テレビはもちろん、ラジオもおもちゃもない中で、妹たちと一緒に遊びながら、家計の足しにと、ゴミ捨て場で見つけたアルミニウムや、拾った松ぼっくりを売っていた。大人に押しつけられたのではなく、自分たちの思いつきだったので、そんなこともとても楽しかったそうだ。また、お話を作るのも好きだったという。魔女や幽霊が出てくる恐ろしいお話を聞かせては、妹たちをキャーキャーいわせていたと、自身のウェブサイトや回顧録に書いている。
 主人公のマイケルは、ウエスト一家が大好きではあるものの、あまりの大胆さに戸惑ってしまうことも多々ある。そんなマイケルに親近感を覚える読者も多いことだろう。豪快だけれど温かい人柄のロージーおばさんが、マイケルの戸惑いを察して、さりげなく励ましてくれる場面は微笑ましい。神経質なマイケルの両親と、あくまで楽観的なウエスト夫妻を、カウリーはユーモラスに対比させている。でも、マイケルの両親のことを悪く書いているわけではない。自分自身や4人の子ども、大勢いる孫たちからもヒントを得たのだろう。登場人物一人一人に愛情を注ぎながら、愉快な物語に仕上げている。
「ワイルド・ウエストギャング団といかだ」の第9章に、川辺で泥だんご合戦をする場面がある。これを読んで、私は、子どもの頃に「センダングサ合戦」をしたことを思い出した。近所の子ども同士で遊んでいたときに自然に始まり、あっという間に夢中になった。自分が投げたセンダングサが誰かに命中したときの喜びはすごいもので、思わず大声で笑ってしまうのだ。だんだんにコツをつかんで上手になっていく快感もあった。ひいひい笑いながら次々と摘んでは投げるうちに、日が暮れてまわりが見えなくなっていた。この時の気持ちが、泥だんご合戦を楽しむマイケルの気持ちとぴったり一致している。遠くニュージーランドで、この楽しさを本に書いてくれた人がいることに、感動を覚えた。
 今の日本の子どもたちにも、こんな思いをしながら育ってほしいと願う。コンピュータゲームが楽しいのはわかるが、棒切れひとつでいくらでも遊べるはずの子どもたちが、エアコンのきいた部屋でゲームに興じるばかりでは、嘆かわしい。大きなショッピング・モールやテーマパークなどの人気スポットもいいが、日常生活の中で、子ども同士のびのびと遊ぶことがどれだけ楽しいことか! いつまでも心に残り、豊かな人生を送るためのエネルギーにもなると思う。この作品を読んで以来、それを確信している。
 ダイナミックなファンタジーなどと比べれば、この作品は少し地味かもしれない。また、現代の日本の子どもたちが直面しているいじめ等の問題に、直接語りかけるような物語でもない。しかし、ハイテク社会で私たちが忘れかけている大切な何かが、このシリーズの根底に流れている。この作品は、ストレスの多い現代の子どもたちを、そして悩み多き親たちを、元気づけてくれると私は信じている。

 

【著者紹介】 ジョイ・カウリー

 ニュージーランド児童文学を代表する作家。1936年生まれ。
 1960年代に、4人の子どもを育てながら大人向けの小説を書いていたが、その後、小学生の識字教育用に数多くの短編読み物を執筆。ニュージーランドとアメリカで高く評価されている。小気味よいリズムをきかせた絵本作品も数多くある。また、ジュニア・フィクションに分類される読み物も評価が高く、ニュージーランドの児童図書賞で、これまでに4作品が年間最優秀図書賞に選ばれた。
 執筆活動のかたわらに、世界を飛びまわり、創作講座の講師を務めたり学校を訪問したりと、国際的に活躍。ニュージーランドが主賓国となった2012年のフランクフルト・ブックフェアでは、オープニング式典で講演をした。2016年国際アンデルセン賞候補者。

【ジョイ・カウリーのおもな邦訳作品】

〈絵本〉
『大砲のなかのアヒル』(ロビン・ベルトン絵/ロニー・アレキサンダー、岩倉務訳/
                            平和のアトリエ/1990年)
『せんたくおばさん』
       (エリザベス・フラー絵/かとうやすひこ訳/チャイルド本社/2005年)
『パンサーカメレオン』(ニック・ビショップ写真/大澤晶訳/ほるぷ出版/2005年)

〈読み物〉
『サンゴしょうのひみつ』(百々佑利子訳/冨山房/1986年)★
『帰ろう、シャドラック!』(大作道子訳/文研出版/2007年)★
『ハンター』(大作道子訳/偕成社/2010年)★
『ヘビとトカゲ きょうからともだち』★
       (ガビン・ビショップ絵/もりうちすみこ訳/アリス館/2011年)
『三千と一羽がうたう卵の歌』(杉田七重訳/さ・え・ら書房/2014年)

 ★はニュージーランド・ポスト児童図書賞 年間最優秀図書賞受賞作品

 

《追記》
【イラストレーター紹介】トレヴァー・パイ
 1952年、ニュージーランド北島のテ・アワムツ生まれ。美術教師、子どもの本のイラストレーターとして活躍。絵画の展覧会にも積極的に出品していた。イラストを手がけた児童書の代表作に"Grandma McGarvey"シリーズ(Jenny Hessell 作)がある。2023年1月17日逝去。