
【基本情報】
書名:I've Been Thinking About You, Sister(仮題『妹よ、ずっとお前を思ってる』)
著者:ウィティ・イヒマエラ(Witi Ihimaera)
版元:Penguin Random House New Zealand
ISBN:9781775534167(電子版) ページ数:40 読者対象:大人
初版:2013年(2007年に複数の作家による作品集The Best New Zealand Fiction Vol.4の一編として発表されたものを単独で再刊。電子版のみ)
出版社ウェブサイト内作品紹介ページ
https://www.penguin.co.nz/books/ive-been-thinking-about-you-sister-9781775534167
【概要】
40年以上前に北アフリカ戦線で戦死した兄さんの幻が現れた。70歳になった妹は、墓参りをするために、足腰の弱った夫と2人でチュニジアに向けて旅立つ。ニュージーランドから地球の裏側へ、飛行機を何度も乗り継いでの壮大な旅だ。老夫婦の珍道中を息子が語る本作は、読者をハラハラさせ、大いに笑わせ、号泣させる。
【作者紹介】
ウィティ・イヒマエラ
マーオリ文学を代表する作家。1944年、北島東海岸のギズボーン生まれ。ウェリントンのヴィクトリア大学で文学士号を取得。1972年に短編小説集Pounamu Pounamuで小説家デビュー。首相に抜擢されてニュージーランド外務省付の作家となり、外交官としても活躍。その後、オークランド大学英文科の教授として教壇に立つ。アンソロジーの編者としても活躍する。
長編小説の代表作は、映画化されたThe Whale Rider(邦題『クジラの島の少女』澤田真一、サワダ・ハンナ・ジョイ訳 KADOKAWA)、祖父と自分の関係を盛り込んだBulibasha、自身の性的嗜好をテーマにしたNights in the Gardens of Spain、歴史小説The Parihaka Womanなど多数。母語は英語だが、80歳にして自分の民族の言語であるマーオリ語を真剣に学び、マーオリ語で作品を執筆している。邦訳作品はThe Whale Riderのほかに、初期の短編Tangiがある(邦題「通夜」百々佑利子訳 評論社『現代ニュージーランド短編小説集』に収録)。
【あらすじ】
著者の母が経験した出来事をもとにしたフィクション。息子が一人称で語るという設定。
1989年、70歳の母が台所仕事をしていたときのこと。1943年にチュニジアで戦死したランギオラ伯父さん(母の兄)が庭に現れ、「ずっとお前を思っているよ」と告げた。昔のように2人でワルツを踊ると、伯父さんは姿を消した。あとを追うように、茶色い小鳥が空へと舞い上がった。
母は、ランギオラ伯父さんが眠るチュニジアの英国連邦戦没者墓地を訪問すると決め、旅行代理店で個人旅行を手配してもらった。足腰の弱い父との2人旅だが、家計節約を考えてアルゼンチン航空を利用し、ブエノスアイレス、バルセロナ、パリを経由するルートになった。パリからチュニジアまでは、聞いたこともない航空会社だ。全行程を通して英語は通じそうになく、息子としては心配でならない。
途中経過を報告するという約束により、旅先の母から電話を受ける。母の声とともに聞こえるブエノスアイレスの喧噪や銃声に衝撃を受け、心配でその夜は眠れなかった。アメリカに行く親族の同行のおかげで生きのびた父と母は、バルセロナ行きに搭乗。その後パリのホテルから電話してきた母によれば、姪が手配してくれたパリでのガイド役に不満があり、姿は見たが無視したという。空港からホテルまでスリにも強盗にも遭わずにたどり着けたのは、飛行機内で知り合った若者3人組のおかげらしい。
父は、知らない人に話しかけるのが大好きだ。ブエノスアイレス行きの便では、ラグビーチームの一団と仲良くなり、自分もかつてはラグビーで活躍し、オールブラックスに選ばれかけたなどと語りまくった。息子である私にとっては何度も聞かされてうんざりの自慢話だが、初めて聴く者たちは魅了されてしまうようだ。父と母がブエノスアイレスの安ホテルで生きのびられたのは、いざとなったらこのラガーマンたちがかけつけると約束してくれたおかげでもある。
そしてバルセロナからパリへの機内では、バックパッカーの若者3人と親しくなり、ポーカーで盛り上がった。父が大勝ちしたので、3人組がホテルまで父と母を送り届けてくれたのだ。実は後日、3人組から私のもとへ手紙が届いた。父の人柄に魅了された彼らだが、心配でならなかったようで、ご両親は無事に帰国されましたか?と、安否を尋ねる内容だった。
パリからチュニジアへの便では、実に立派な身なりの紳士と隣の席になった。なんでも政府の高官らしく、パリでの交渉の帰りだという。ここでは「善きサマリア紳士」と呼ぶことにしよう。ラグビーファンであるこの紳士と父は、意気投合。まるで旧友のように親しげに話し始めた。旅の目的が妻の兄の墓参りであること、妻が兄のために故郷の川の水と石を持ってきたことなどを伝えると、紳士は感激し、目頭を押さえた。
チュニジアのスファックス空港に到着し、善きサマリア紳士がVIP専用の出口へ消えていく。さあ、もうすぐ兄さんに会えると胸を高鳴らせて入国審査の列に並ぶ父と母。ところがだ。2人は入国を許可されなかった。明確な理由は私にはわからない。ちょっとした不備があったのだろう。父が懇願するも入国審査官の決定は変わらず、パスポートは取り上げられた。翌日の飛行機でパリに戻されることになり、それまでの間はトランジットエリアでじっとしているよう指示される。尊厳を傷つけられ、愛する兄の墓参りが叶わなくなって悲しみに暮れる老夫婦は、トランジットエリアの椅子で手を握り合って夜を明かした。
〈以下略〉
※本作は、語り手である「私」が編集者から執筆を依頼されたところから始まり、父と母の旅という本編の合間に、作家としてのつぶやきが挿入されています。
【解説・評価】
邦訳されているイヒマエラ作品と言えば、『クジラの島の少女』である。映画化されて日本でも上映されたため、ある程度の知名度はあるだろう。先住民の伝統、フェミニズム、環境保護の意識、そういったことを描いた映画である。たいへん良い作品だが、この映画だけではイヒマエラ作品の魅力は伝わらない。イヒマエラの小説は、繊細かつ豪快なのだ。時に突拍子もない展開になり、読者は度肝を抜かれたり、腹を抱えて笑ったり。作者紹介で挙げた未訳の長編3作は、それぞれ全く違う世界を描いているが、どれもほんとうに豪快でおもしろい。
本作I've Been Thinking About You, Sisterも、イヒマエラの真骨頂と言えるだろう。寅さん映画のような喜劇であり、豪快なストーリー運びと涙なみだの大団円。そんな中にも、日本や英語圏のメジャー作品にはない、先住民文学ならではの味わいと、イヒマエラ独特のエッセンスがある。40ページの短編であるにもかかわらず、単独刊行されたことに納得だ。