ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。 未訳作品については、邦訳出版をめざしたレジュメの形をとっています。長編作品の【あらすじ】は、途中で切ってありますのでご了承ください。出版をご検討いただける場合は、レジュメ(あらすじ全文を含む)、試訳などの資料を送付いたしますので、ご連絡ください。

★Nine Girls

【基本情報】

書名…Nine Girls
著者…ステイシー・グレッグ(Stacy Gregg)
版元/出版年月/ISBN…ペンギンブックスNZ/2024年3月9780995106789
                                     …ペンギンブックスUK/2024年4月9780241685242
ページ数…288
モチーフ…マーオリ族・歴史・宝探し・ウナギ・人種差別・白血病・友情・進路・物語

★2024年エスター・グレン児童読み物賞及びマーガレット・マーヒー年間最優秀図書賞受賞作品

【概要】

 父の失業により、都会を離れて母の故郷に越してきた12歳の少女ティッチ。先住民マーオリの多い小さな町で戸惑いながら新生活を送る中、同級生のタニアや、100年も生きている大ウナギとの出会いから、自分がマーオリ人であることを意識し始める。19世紀に埋められた金貨さがし、人種差別への抗議運動、タニアの病気などを盛り込みながら、ティッチの高校卒業までが描かれる。著者自身のアイデンティティにふれた自伝的要素の濃い物語。

【タイトルNine Girlsの意味】

 物語の舞台である実在の町Ngāruawāhia(ナールアワーヒア)のスペルを覚えるためのフレーズ"Nine girls are running under a wharf and here I am."が出典。9人の少女が登場するわけではない。

【著者 ステイシー・グレッグ(Stacy Gregg)】

 1968年、白人の父とマーオリ人の母の間に生まれる。父の失業を機に、母の故郷ナールアワーヒアに転居し、16歳までを過ごす。卒業後はファッション関係のジャーナリストとして活躍。

 2007年に初めてのフィクション作品Mystic and the Midnight Rideがハーパーコリンズ英国社から出版され、「ポニークラブのひみつ」(Pony Club Secrets)シリーズの第1巻として人気を博す。シリーズは全13巻になり、テレビドラマ化もされている。2013年からは、世界各地を舞台に馬をモチーフにした読み物を発表。その多くがエスター・グレン児童読み物賞の候補に選ばれる。本書 Nine Girls は、初めてペンギンブックス・ニュージーランドから刊行。馬は登場せず、著者自身のアイデンティティにふれた自伝的要素の濃い作品。新境地を開いた本作で、ニュージーランドの児童文学最高峰の「マーガレット・マーヒー年間最優秀図書賞」を初受賞。

 アオテアロア大学のマーオリ語講座の受講を続けている。オークランド在住。

【物語の舞台】

 ナールアワーヒアは、大河ワイカトが流れるワイカト地方の小さな町。ニュージーランドが英国植民地となった19世紀に、英国軍との戦争で多くの命と多くの土地が奪われた歴史がある。英国女王に対抗して擁立されたマーオリ王の公邸とトゥランガワエワエ・マラエという立派な集会場が現在もあり、マーオリの文化・歴史上、重要な場所である。

【おもな登場人物】

ティッチ・ウォルター…語り手の少女。1979年に12歳
母・サム…………………ナールアワーヒア出身のマーオリ人
父・チャールズ…………白人。大手企業に勤めていたが倒産により失業
妹・バブ…………………2歳下の妹
母方祖母・エステル……ナールアワーヒアで暮らすマーオリ人
アーニー大おじさん……母方の大おじ
タニア・カフランギ……同級生。マーオリ人。祖母と2人暮らし
パネイライラ……………ワイカト川にすむ大ウナギ

【あらすじ】

 1979年、12歳のティッチは、父の会社の倒産により、大都市オークランドの高級住宅地から、ワイカト地方の小さな町ナールアワーヒアの古い家に引っ越しを余儀なくされた。ここは、マーオリ人(ニュージーランド先住民)である母の故郷で、祖母や親戚が近くに住んでいる。この町を流れるワイカト川の東側にはマーオリの立派な集会場があり、マーオリとしての意識を強く持つ人びとが暮らしているが、ティッチたちが暮らす西側は、マーオリ色が薄い地域だ。学校でマーオリ語を話すと罰せられた時代に育った祖母は、白人ふうに暮らすことを選んだ。ティッチ自身は容姿も白人に近く、都会で生まれ育ったこともあって、マーオリの歴史や伝統はほとんど知らない。

 夏休み中に転居してきたティッチは、いとこたちと一緒に川へウナギ釣りに行く。その晩遅くに庭へ出てみたところ、つかまえて屋外のシンクに放しておいた2匹のウナギが、地面を這って川に戻っていくのを目撃。気になって川まで行ってみると、地元の老婆が仕掛けたウナギ取りの罠に、巨大ウナギがかかっているのを見つけた。そして、そのウナギに頼まれて、罠から逃がしてやった。

 新年度が始まり、転校先へ初登校。妹のバブはいとこと同じクラスだが、ティッチはクラスに知り合いなどいない。都会人のティッチには、クラスメイトはみな粗野に見えた。ただひとり、タニアという名の女子は、読書家で成績も良く、異彩を放っていた。

 大ウナギと会話したことは夢だったかと思ったが、後日、川を再訪したティッチは、大ウナギと再会した。パネイライラと名乗るこのおしゃべりなオスウナギは、100年以上この川に棲んでおり、歴史の生き字引だった。ティッチは折に触れてパネイライラに会いにいき、先祖の歴史を語ってもらう。19世紀半ば、この島をニュージーランドと名付けて植民地とした英国人たちが条約に反した行為を繰り返し、ワイカト地方でも戦争が起こったそうだ。パネイライラが語るのは、白人の研究者目線でなく、マーオリ目線での歴史だ。

 ある日、インド系のクラスメイトの父親が、肉切り包丁を手にして学校にやってきた。息子が体罰を受けた仕返しに、校長室へ向かったようだ。担任教師を含めたクラス全員がおびえる中、1人の生徒が、様子を見にいくと立ち上がった。タニアだ。タニアに笑顔で誘われ、ティッチは吸い寄せられるようについていった。校長室では流血の事態になることなく和解が成立していたが、この日の小さな冒険を機に、ティッチとタニアは友情を育んでいく。

 タニアもティッチ同様、オークランドから転校してきたマーオリ人。母親は、オークランドのバスティオン岬で、マーオリの土地の不当な扱いへの抗議運動(注1)に参加しているそうだ。タニアは、ワイカト川の東側で暮らす祖母のもと、マーオリの伝統を教え込まれ、集会場でのさまざまな活動に関わっていて、休日も忙しい。ティッチは読書家だが、タニアはそれ以上に本を読んでおり、学業成績も優秀な上、体育祭でもスターだ。

 越してきて1年が経った1980年、ティッチは小学校を卒業して地元のハイスクールに進学。タニアも他のクラスメイトたちも一緒である。

 あるときティッチは、以前から温めていた宝探しの計画を実行に移すことにした。大おじのアーニーから聞いた話だが、一族の土地に、金貨の入った箱が埋まっているのだ。1860年代に先祖が埋めて、タプ(神聖または禁忌を意味するマーオリ語)をかけたもの。タプがかかっている限り、さわったら死んでしまうので、掘り出すには、呪文を唱えてタプを解除する必要がある。マーオリの伝統を教え込まれているタニアが、その役を引き受けてくれたのだ。

 ティッチ、バブ、そしていとこたちが、アーニー大おじさんから得た情報と飼い犬の嗅覚を頼りに、場所を探り当てる。掘っていくとほんとうに宝箱があったので、タニアに呪文を唱えてもらう。その直後、タニアが気を失って倒れた。アーニー大おじさんとティッチの母が駆けつけ、家に運ぶ。タニアはすぐに意識を回復したが、呪文を間違えたのでタプは解除されていないから箱を開けてはいけないという。ところが、箱は他の面々が既に開けていた。出てきたのは100年前の金貨ではなく、コインの形のチョコレートの山。母とアーニー大おじさんが仕込んだのだ。ティッチは、だまされたことに怒り心頭。わたしの一族は大ウソつきばかりだ! 幼い頃、ペットのヤギが姿を消したときのことを思い出す。母はこう説明した。「サンタクロースに連れていかれたの。クリスマスにそりを引く手伝いをするのよ。名誉なことでしょ」実際は、厄介だから捨てたのだ。

 金貨掘りの後、関わった者たちに次々と災いがふりかかる。ティッチはテストでひどい点を取り、いとこは骨折し、飼い犬は車に轢かれて脚を1本切断。タニアは学校に来ない。どれもこれも、タプにふれた罰だろうか。

 ティッチは大ウナギのパネイライラに、この出来事を報告した。パネイライラによれば、本物の金貨が入った箱は別の場所にあるという。ティッチたちが掘り出したのは偽物だから、タプのことは心配いらない。悪いことが続いたのはたまたまだ、と。そして、タニアが倒れたのは呪文を間違えたからではなく、病気のせいだという。

 その言葉通り、タニアは白血病で入院した。面会は許されず、ティッチは本を差し入れることしかできなかった。1か月半後、退院したと聞いて自宅に見舞いに行くと、髪の毛が抜けて痩せ細ったタニアがいた。その後、学校に戻った時には、おばあさんが編んでくれた毛糸の帽子が似合っていてかっこよかった。病院で勉強していたので、学業で後れをとることはなく、相変わらず優秀だった。その後も治療を続け、白血病は「寛解」になった。がん細胞はひとまずなくなったということだ。

 1981年は、国中が揺れた年だ(注2)。アパルトヘイト政策を続ける南アフリカ共和国のラグビーチームがニュージーランド各地で試合を行うことに対して、抗議運動が続いていた。7月25日、ワイカトでの試合の日、ティッチとバブは、母に連れられて抗議デモに参加した。タニアも一緒だ。マーオリの活動家一族の一員であるタニアは、人種差別を巡る一連の抗議運動に積極的に参加してきた。この日のデモ行進はたいへんな人手で、ボルテージも高く、現場は大混乱。危険を感じた母がバブを連れて先に車に戻る中、残されたティッチは、タニアが警官の向こうずねを蹴りつけて前進していく姿を目の当たりにする。抗議運動が功を奏して試合中止がアナウンスされると、試合を楽しみにしていたラグビーファンが暴れ出してさらに混乱する。なんとかタニアと合流して母の車で帰宅。一緒に夕食をとっていると、テレビのニュースで今日の抗議デモの様子が報道された。そこには、大人たちに混じって、毛糸の帽子をかぶった小柄なタニアが、はっきりと映し出されていた。

「白血病を経験したら、こわいものなんてないよ」タニアはそういった。

 1983年の学年末、成績優秀者としてたくさんの賞をもらったタニアは、大学に進学して法律を学ぶと宣言した。マーオリの土地を取り戻すために法律家を目指すという。このハイスクールから大学に行くなんて、前例のないことだ。

 寛解の状態で月に1度の治療を続けてきたタニアが、再入院した。がん細胞の転移が確認され、放射線治療を受ける。面会は許されず、窓越しに手を振ったり、電話で話したりすることしかできない。その後、面会許可が下りたのは、回復したからではなく、治療の効果がないからだった。ティッチは見舞いに通った。タニアの親族ともしょっちゅう顔を合わせた。ある日、たまたまふたりきりになったとき、タニアに物語をリクエストされて、ティッチはアーニー大おじさんから聞いた法螺話をした。タニアは、「ティッチの一族って、ほんとに大ウソつきだね」といって楽しそうに笑い、その後咳き込み出した。手を握って深呼吸を促すティッチ。タニアは泣き出し、いった。「死にたくないよ」〈以下略〉

*Māoriの日本語表記は「マオリ」が一般的ですが、実際の発音に近い「マーオリ」としました。

【感想・評価】※結末にふれています。

 人気作家であるステイシー・グレッグの著書は、これまでに2冊読んだことがあるが、評判の良さには納得したものの、あまり好みではなく、奥深さも感じられなかった。そんな私が本書に手を伸ばしたのは、エスター・グレン児童読み物賞の受賞スピーチがマーオリ語でされたことがきっかけだ。グレッグにマーオリの血が流れていることをその時初めて知り、この人のことをもっと知りたいと思った。さらには、ニュージーランド児童文学の最高峰であるマーガレット・マーヒー年間最優秀図書賞受賞という高い評価に、これは私にとって必読書だと感じた。実際に読んでみると、期待以上の秀作だった。

 白人の父とマーオリ人の母のもとに生まれ、都市で白人ふうに暮らしていた少女が、父の失業により母の故郷ナールアワーヒアへ移り住む。この設定は、グレッグの生い立ちそのものであり、本書は自伝的要素の濃い作品だ。マーオリ人でありながらマーオリについて無知であった主人公ティッチが、ワイカト川のほとりに暮らして、マーオリの歴史を学びながら成長していく。マーオリとしての意識を強く持つタニアと出会い、友情を育む中で、ティッチ自身もマーオリの意識を高めていく。大志を抱いたまま早逝してしまったタニアを見送り、タニアと比べると無力だと感じていたティッチが、自分の心が欲するものを見つけて作家になろうと決意するところで物語は結ばれる。人気シリーズの著者として読者のニーズに応えてきたグレッグが、自分自身に正面から向き合う作品を初めて書いた中でのこの結末に、熱い思いを感じた。作家という生業の醍醐味も感じた。いや、作家に限らずどんな職業でも、回り道した末にたどり着くところがあるのだと思うと感慨深い。今後グレッグさんがどんな作品を書くにしても、彼女のルーツやアイデンティティーを感じながら味わうことができるだろう。そう思うとワクワクする。

 ティッチに先祖の歴史を教える大ウナギのパネイライラは、実は「タニファ」だと終盤でわかる。タニファというのは、マーオリの伝説上の生き物で、恐ろしさと情け深さを持ち合わせた水中に棲む怪物のことだ。パネイライラという名のタニファは、グレッグの部族であるタイヌイ族のカヌーを先導したといわれている。本書に登場するパネイライラに恐ろしい面はなく、友達のような存在だ。タニファであれウナギであれ、人間と会話することに最初は少々違和感を持ったが、いつのまにか物語に溶け込んでおり、気にならなくなっていた。ティッチが自分のルーツを知る手助けをする存在として、パネイライラは大きな役割を果たしている。グレッグの母は42歳で早逝したため、母が抱いていたマーオリ人意識はわからないままだったそうだ。それ故、本書の中でも、マーオリのことを教える役割を母親に負わせることはできなかったのだ。また、草稿の段階では硬い文章だったが、パネイライラを登場させることで流れがよくなったという。馬と少女のふれあいをテーマにした作品を数多く手がけてきたグレッグらしい手法といえるだろう。ちなみに、ニュージーランドの川や湖沼には、ウナギが数多く生息しており、巨大なものも多い。

 ニュージーランドの歴史は、日本の学校教育では全くといっていいほど教えられていない。植民地に移住してきたヨーロッパ人と先住民とが共存する社会であることやその問題点について、日本のメディアが取り上げることも極めて少ない。文学作品の邦訳もなかなか増えず、私としては残念な思いを抱き続けているのだが、本書が邦訳されれば、それを読むことでニュージーランド社会をある程度深く知ることができる。特にマーオリの歴史の部分は、無知だったティッチが学んでいくという展開を追うことで、読者も学べる。初めて知ってはっとさせられることが多々あるだろう。アイヌ民族との共通点も多く、他人事ではない。実際、アイヌとマーオリの人びとの深い交流例(※)もある。

 本書の対象読者は、ニュージーランドでは小学生だが、日本では中学生から大人までを私は想定している。日本の小学生の視野では、先住民のアイデンティティを理解するのは難しいからだ(もちろん、理解できる小学生もいるだろう)。邦訳例の少ないニュージーランドの児童文学は、まずは大人の読者を引き込んで、そこから子どもたちに広げていけたらいいと思う。本書のいちばんの読みどころは、友情という普遍的なテーマなので、多くの読者を引きつけることができるはずだ。病室でのタニアとティッチの場面は、涙なしには読めない。

 ニュージーランド本国での対象読者については、グレッグがインタビューで言及している。以下はその要約である。

8歳の読者はウナギや金貨掘りに注目するだろう。12歳になって読み返すと、少女が自分の居場所を見つける物語だとわかるだろう。30歳で読み返すと、歴史や社会状況と併せて理解できるだろう。ライフステージによって、得るものが違ってくる本になってほしい。

 私自身、小学生時代に抄訳で読んだ海外の名作を完訳で読み直すことが多いのだが、読むたびに理解が深まり、心を動かされることに、読書の醍醐味を感じてきた。本書については、原書を既に4度読み、その醍醐味を味わっている。

 

※アイヌとマーオリの交流例
http://aaexchange.blogspot.com(アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム実行委員会ウェブサイト)http://aaexchange.blogspot.com/p/blog-page_6950.html(同ウェブサイト内、交流プログラムの目的説明)