ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★The Treaty of Waitangi / Te Tiriti O Waitangi(仮題『ワイタンギ条約を知ろう』)

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【基本情報】
書名:The Treaty of Waitangi /Te Tiriti O Waitangi(仮題『ワイタンギ条約を知ろう』)

作:トビー・モリス/ロス・カルマン/マーク・ダービー
マーオリ語翻訳:ピリピ・ウォーカー
出版社:Lift Education E Tū   出版年月:2019年6月  ISBN:9780473470654
ページ数:36(英語版とマーオリ語版各17ページ) 読者対象:小学校中学年から

*2020年ニュージーランド児童書及びヤングアダルト小説賞
                                                           〈エルシー・ロック・ノンフィクション賞〉候補作品

 *出版社ウェブサイト内作品紹介ページはこちら

【概要】
 アオテアロア/ニュージーランドで1840年2月6日に締結されたワイタンギ条約は、先住民マーオリとイギリスとの関係を定めた極めて重要な条約である。しかし、英語からマーオリ語への翻訳の不備や考え方の違いから、混乱と争いが生じ、現在まで尾を引いている。本書は、ワイタンギ条約の内容とその影響について、やさしい言葉でわかりやすく伝えるグラフィックノベル。

 【構成(もくじ)】
まえがき ………………………………2
第1部 ワイタンギ条約の前……3
第2部 ワイタンギ条約 …………8
第3部 ワイタンギ条約のあと…10
あとがき…………………………………15
年表 ………………………………………16
リンク ……………………………………17

【出版の背景】
 本書のもととなったのは、学習教材として書かれた以下の文章。
  "ワイタンギ条約"(ロス・カルマン文 5年生向け 2017年8月)
  "約束を守る ワイタインギ条約解決へのプロセス"
                 (マーク・ダービー文 8年生向け 2017年11月)

 この2つをもとにグラフィックノベルが制作され、同じく学習教材として2018年に出版された。トビー・モリスのイラストを見た制作スタッフから賞賛の声が上がったことから、より幅広い層に届くようにと、一般の読者向けに販売できる形にまとめ直したものが本書。英語とマーオリ語という2つの公用語バージョンを背中合わせにする形で、1冊の本になった。


【詳しい内容】
トビー・モリスによる前書きの内容
 ワイタンギ条約について、子どものころはよくわかっていなかった。その記念日は学校が休みで遊べる日という認識しかなかった。成長するにつれ、それじゃだめだと気づいた。ニュージーランド人全員に関わる大切なことだから、きちんと理解しよう。

第1部以降の内容
 1840年に結ばれたワイタンギ条約は、先住民マーオリとイギリスとの関係を明確にした条約のはずだった。しかし、翻訳の不備や考え方の違いによる行き違い、条約違反などさまざまなことが重なって、マーオリは多くの土地を失う羽目になった。また、差別され、アイデンティティや言語も失っていった。
 20世紀後半に活発になったマーオリの抗議運動が功を奏して、1975年、ワイタンギ条約に端を発したトラブルを解決するための機関「ワイタンギ審判所(Waitangi Tribunal)」が設立された。1985年から2008年までの間は、過去のトラブルも1840年までさかのぼって請求することが可能だった。これまでに、ワイタンギ審判所で多くの案件が審議され、決着している。決着とは、謝罪も含む。賠償金は教育やビジネス支援などさまざまなことに使われる。差別されてきたマーオリの地位向上にもつながり、消えゆく言語だと思われていたマーオリ語も復興してきた。
 過去の過ちがすべて清算されるわけではないことも、忘れてはならない。しかし、それと向き合い、理解を深めることには価値がある。ニュージーランドは公平な国であってほしい。それが国民全員の願いだ。

【感想・評価】
 2019年6月の発売と同時に注目され、次々と売れた本。とにかくわかりやすいことが高く評価されている。
 ワイタンギ条約に端を発するマーオリの人権や土地の問題は、ニュージーランドの長年の懸案事項である。しかし、長年にわたって議論されているが故に、どんな問題があってどう処理されているのか、もやもやして見えづらい面も多々あると感じているニュージーランド人も多いようだ。本書を読むと、そのもやもやがスッキリする。ニュージーランド愛好者の私もかなりスッキリしたし、ほかの参考図書に手を伸ばすきっかけにもなった。
 私がこの本に心を動かされたポイントは2つある。まずは、ニュージーランドという国家と人びとの姿勢だ。過去に行き違いがあったことを、マーオリとパーケハー(白人)の双方で認め、解決の努力を続けている点が素晴らしい。百年以上を経て世代が変わったあとも、「時効」という概念を取り払って過去をふりかえり、誠実に対応しているのだ。
 もう1つは、本書の制作者たちの心意気だ。この問題は大切だから、子どもたちに、いや全世代に、わかりやすく伝えようという思いをこめて本を作り、送り出した。その気持ちを思うと胸が熱くなる。
 漠然とした言い方だが、ニュージーランドには、お金儲けより大切なことをきちんと守ろうという精神が、しっかり残っているように思う。
 ニュージーランドの歴史に興味を持っている日本人はほんの一握りであろうから、日本ではこの本の需要はないかもしれない。しかし、これまで注目されてこなかった小さな島国の歴史から、学ぶこと、気づかされることは多々あると思う。マーオリとパーケハーの歩み寄りの仕方は、日本でも広く知られてほしい。ニュージーランドの歴史、マーオリの歴史を、一緒に学びませんか?

 

*ここまでの参考図書
『ニュージーランドを知るための63章』青柳まちこ編著 明石書店
『アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム報告書』
            アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム報告集作成委員会

【作者紹介】
トビー・モリス(Toby Morris)
 1980年生まれ。オークランド在住のイラストレーター、漫画家、コミックアーチスト、デザイナー。本、テレビ、ラジオなど、さまざまなメディアで活躍。絵本 The Day the Costumes Stuck が2017年ラッセル・クラーク挿絵賞候補作に選ばれた。

ロス・カルマン(Ross Calman)
 ウェリントン在住の作家、編集者、翻訳家。マーオリ語やマーオリの歴史に関する文章に定評がある。マーオリ語辞典の編纂者でもある。

マーク・ダービー(Mark Derby)
 ウェリントン在住の作家、歴史家。ウェブサイトTe Ara - The Encyclopedia of New Zealand の執筆者のひとりとしても活躍。

ピリピ・ウォーカー(Piripi Walker)
 1955年ウェリントン生まれ。マーオリ語のキャスター、教育者、作家、翻訳家などとして幅広く活躍。子ども向け作品の訳書に He Raiona i roto i nga Otaota(原題 A Lion in the Meadow 邦題『はらっぱにライオンがいるよ!』マーガレット・マーヒー文/ジェニー・ウィリアムズ絵/はましまよしこ訳)、Koinei Te Whare Na Haki I Hanga(原題 The House that Jack Built ガヴィン・ビショップ文・絵)などがある。