ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★The Wolf in the Wardrobe(仮題『クローゼットの中のオオカミ』)

f:id:nzbook:20160323014418j:plain

【基本情報】
書名:The Wolf in the Wardrobe(仮題『クローゼットの中のオオカミ』)
  *2012年LIANZA児童図書賞エスター・グレン賞候補作品
著者:スーザン・ブロッカー(Susan Brocker)
出版社:HarperCollins Publishers(New Zealand)
出版年月:2011年6月
頁数:176頁(本文167ページ/挿し絵、あとがき等、なし)
ISBN: 978-1869509064
読者対象:小学校高学年以上

【本書の概要】
 サーカスから逃げ出した手負いのオオカミを偶然見つけた中学生のフィン。虐待じみたことをするサーカスに送り返すわけにはいかないと考え、自宅でこっそり飼い始める。オオカミについて調べるうち、故郷に帰してやりたいという思いが膨らむが、元飼い主のピエロから魔の手が伸びて……。オオカミの歴史と現状を盛り込み、動物への愛と家族の絆を描いたストーリー。


【あらすじ】
 フィンはウェリントン在住の中学生。両親は離婚しており、母と祖母と3人暮らしだ。
 ある日フィンは、夕刊配達のアルバイトの途中で、大型犬が車に衝突するのを目撃した。けがを負ったまま走り去った犬を捜しにいき、住宅地の繁みで見つける。黄色く光る目を見て、フィンは気づいた。犬じゃなくて、サーカス団のオオカミじゃないか。ルーパという名のメスだ。先日見にいったばかりなのでおぼえている。オスのほうは、後日ピエロを襲い、処分されたと新聞で報道されていた。
 フィンは、自転車で牽引する新聞配達用のカートにルーパを乗せて動物病院へ運び、ペットの大型犬だと嘘をついて診てもらった。胸に裂傷があるが、2、3週間で完治するそうだ。替えの包帯や鎮静剤をもらって帰宅。サーカスに送り返したら、逃げた罰として殺されるかもしれないと思い、フィンはルーパを自室のクローゼットに隠した。猛獣とはいえ、傷が癒えるまでは激しく動くことはないだろう。
 翌日、フィンが学校から帰ると、驚いたことに、祖母とルーパが寄り添ってベッドで寝ていた。昼間1人で家にいる祖母が、ルーパを見つけたのだ。お互いに心を許しているようで、2人の寝顔は何とも幸せそうだった。祖母はルーパのことを、昔アイルランドで飼っていた大型犬のモリーだと思っている。フィンのことも、幼くして亡くなった息子のダニーだと思っているし、アルツハイマーが悪化しているようだ。でも、ルーパのことを内緒にすることには賛成してくれた。母が犬嫌いだからだ。
 クローゼットの中はあっという間に荒らされてしまったので、フィンはルーパを物置小屋に移した。多忙な母は寄り付かない場所なので、隠しておけるだろう。順調に回復しているルーパの今後のことを考えるために、フィンはオオカミについて調べ始めた。
 土曜日、フィンが出場したラグビーの試合に、祖母がルーパを連れて見にきてしまった。ハーフタイムには、ルーパが犬に攻撃された。幸いかすり傷で済み、犬は逃げていったが、祖母はひどく動揺する。そこへ、母が祖母を捜しにやってきた。もうルーパのことを隠しておけない。フィンは、ルーパを飼うようになった経緯を母に話すが、母は犬を飼うことには絶対反対だ(オオカミだとは夢にも思っていない)。
 その夜遅く、祖母が姿を消した。フィンは、ルーパを連れて捜しにいく。ルーパは鋭い嗅覚で祖母の行方をたどり、ウェリントン植物園からバラ園を抜けて、墓地へ。暗闇の中で倒れていた祖母を見つけた。幸い打撲と軽い低体温症で済み、祖母はすぐに自宅に戻れた。母は、ルーパが祖母の支えになっていることを認め、飼うことを許す。ただし、フィンが責任を持つこと。えさ代もフィンの負担だ。
 母は、祖母のために介護ヘルパーを手配した。サモア系の大柄な女性タリアは、明るくて頼りになる介護人だ。タリアも、ルーパは祖母を落ち着かせてくれると請け合い、ルーパは家の中で飼われるようになった。
 フィンは、えさ代稼ぎのために夕刊配達の回数を増やすが、ルーパの食欲は底なしだ。友達のアンディは、ルーパに芸をやらせ、見物人からお金を集めたらどうかと提案する。
 フィンはときどき、週末を父の家で過ごす。田舎にあるその土地を、ルーパは気に入ったようだ。父のガールフレンドのパメラは、ルーパがオオカミだと気づく。パメラは人類学の研究者で、先住民の文化に詳しい。北米の先住民に伝わるオオカミの話も教えてくれた。フィンは、イエローストーン国立公園のことを考えた。オオカミについて調べるうちに知った場所だ。絶滅しかけていた北米のオオカミは、1995年にイエローストーンに放たれたものが繁殖し、現在は約120頭が野生の暮らしをしている。ルーパのルーツも北米にあるのだ。その日、ルーパが妊娠していることがわかる。フィンは、インターネットで見つけたアメリカ人のオオカミ研究者、シャピロ教授に相談のメールを送る。
 ルーパが最初につけていた立派な首輪を、フィンは紛失していた。治療の時に外され、家に持ち帰ったはずなのに……。母のネックレスとブレスレットもなくなっていた。
 えさ代稼ぎのためのルーパのショーを、近くのラグビー場で開催。アンディが宣伝してくれたおかげで、お客は大勢集まった。楽しく練習を重ねてきたフィンとルーパの息はぴったりで、フラフープくぐり、仰向けに寝転ぶ「死んだふり」など、ショーは順調に進んでいた。そこへ突然、サーカスのピエロ、キャックルが現れる。まるで出演者であるかのように堂々と前に出てきて、ショーをやっているように見せかけながら、フィンを脅した。ピエロは、オオカミの首輪について尋ねたが、フィンは、そんなもの知らないと答える。ピエロは、「お前の家は知っている。また来るからな」とささやき、お客にあいさつして去っていった。何も知らないお客は、ピエロの芸に拍手喝采。おかげでお金はたくさん集まった。母と祖母とタリアも、何も知らずにショーを楽しんだ。
 帰宅すると、空き巣に入られていた。ピエロが首輪を捜しに来たに違いない。片付けをしていると、ルーパの首輪が見つかった。祖母が、自分の書き物机の隠し引き出しに入れていたのだ。母のネックレスとブレスレットも入っていた。でも、なぜピエロはこの首輪をほしがるのだろう?
〈*以下略〉

【感想・評価】
 馬や犬への愛情を盛り込んだ作品を書いてきたブロッカーが、本作に登場させた動物は、なんとオオカミ。ニュージーランドにいないはずの猛獣をモチーフに、いったいどんなストーリーを展開し得るのだろうと思ったが、期待を裏切らないおもしろさだった。きちんとしたリサーチのもと、無理のない設定で読みごたえのある作品に仕上げている。全33章、平均5ページずつの構成も読みやすかった。
 主人公のフィンは、動物を愛し、アルツハイマーの祖母にも思いやりを見せるやさしさの持ち主。幼さや女々しさは感じられず、ラグビーが好きで、同級生と軽口を叩き合うような平均的な男子中学生だ。1人で考え行動できる、自立した面もある。ルーパのため、祖母のために、恐ろしいピエロに立ち向かう一途さや勇気にも魅力を感じた。
 祖母の存在も、この物語に欠かせない。アルツハイマー独特の症状がうまく反映されており、時に笑いを誘い、時にしみじみさせ、物語に味を出している。祖母がルーパをかわいがる理由は、かつての愛犬だと思い込んでいることだけではない。知らない土地で暮らし、仲間もいないルーパの境遇を、晩年になって故郷を離れた自分に重ねているのだ。アルツハイマーのせいで混乱し、騒ぎを起こしてしまうけれど、子どものようなピュアな心を持っている。そして、孫のフィンが、それを理解している。高齢化社会に生きる私たちも、フィンから学べることがあると思う。
 悲惨な幼児体験のせいで病んでしまったピエロには、同情も感じなくはないが、常軌を逸しているところが恐ろしい。クライマックスで、フィンとルーパがピエロに追いかけられる場面は、まさにハラハラドキドキだった。祖母の活躍と、最後は汚物だめに落とすというユーモアのおかげで重苦しさが追いやられ、読後感もよかった。
 フィンを見守る大人たちの温かさも見逃せない。両親は離婚しているものの、2人ともフィンを愛している。ルーパに関わるできごとを通して、フィンはそれを実感する。友情も描かれている。フィンは1人で行動することが多く、友達との濃密なつきあいは出てこないが、それだけに、アンディが自転車を貸してくれる場面では、ほろりとさせられた。
 北米のオオカミやイエローストーン国立公園のことも興味深い。野生動物の保護や、動物と人間との共存について、考えるきっかけを与えてくれる。イエローストーンの雄大な風景にも、あこがれを感じた。
 動物への愛情と家族のつながりを、歴史や現代社会に絡めたストーリーに創り上げる作風は珍しくはないが、ニュージーランドのことをしっかり書ける作家はなかなかいない。本作は、ニュージーランドらしさが全面に出ているわけではないが、舞台であるウェリントンの実際の地形や街並みをそのまま物語に反映している。ウェリントンを訪れる機会があったら、フィンやルーパゆかりの場所を歩いてみたいという気持ちになった。

【著者紹介】スーザン・ブロッカー
 1961年、ニュージーランド北島生まれ。ワイカト大学で歴史を専攻し、卒業後は出版社に勤務。おもに学習教材の執筆者、編集者として活躍した。1997年にフリーになり、ヤングアダルト作品を中心に執筆活動を続けている。大の動物好き。北島北部の町タウランガ郊外に農場を構え、夫と多くのペットとともに暮らす。