ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★The Bakehouse(仮題『あの廃屋で』)

【基本情報】
書名:The Bakehouse(仮題『あの廃屋で』)
著者:ジョイ・カウリー(Joy Cowley)
出版社:Gecko Press(New Zealand)
出版年月:2015年8月
ページ数:140(本文130/全19章/挿し絵なし)
ISBN: 978-1776570072
読者対象:高学年以上
*試訳(部分訳)あります

【概要】
 1943年冬、11歳の少年バートと姉のベティが、廃屋で若い脱走兵に遭遇。食料や薬を差し入れてかくまい、安全な場所へ逃す準備が整いかけた頃、バートがとった行動とは……? 84歳のバートの回想として綴られる第2次大戦中の物語。若い世代に伝えたい反戦の気持ちがこめられている。

 【おもな登場人物】
バート(バートラム・エドワード)…主人公。1932年生まれ
ベティ…………………………………4歳上の姉
メグ……………………………………5歳下の妹
バイオレット叔母さん………………母の妹
ドナルド・カーティス………………脱走兵
エルエティ……………………………バートの曾孫

【あらすじ】
 第1章は現代の場面。主人公のバートは84歳。姉ベティの葬儀に参列し、老人ホームの自室に戻ったところへ、ほとんど面識のない14歳の曾孫エルエティが訪ねてきた。そして、家族の歴史、特に戦争中のことを知りたくて質問を箇条書きにしてきたから、答えを書いて送ってくれという。第2章からは、バートが回想する第2次世界大戦中の出来事が綴られている。
                    ***
 1943年、ニュージーランドにも戦争の影がさしていた。男たちの多くが、英国軍の一員として出征し、ヨーロッパで戦っている。残された者たちは、真珠湾攻撃以来、日本軍の南下におびえている。ウェリントン郊外に暮らす11歳のバートは、早く兵士になって正義のために戦いたいと願う、当時としては普通の少年だった。ある日バートは、近所の廃屋に忍び込む。かつてパン屋だった建物で、玄関も窓もふさがれているが、地下の石炭庫へ続く扉だけは、鍵がかかっていなかったのだ。バートはここを防空壕にしようと思い立ち、掃除をしたり食料を運び込んだりと、出入りを繰り返す。そのうち、姉のベティと妹のメグも加わるようになる。
 数日後、廃屋の中に若い兵士が横たわっていた。名前はドナルド・カーティス。19歳。入隊して訓練中だったが、何をやってもうまくできず、軍曹からは暴行を受けた。何より、どんな理由があろうと人を殺すことはできないという気持ちから、意を決して脱走し、この廃屋の扉が少し開いているのを見つけて中に入った。南島に牧場をやっているおじがいるので、そこをめざすつもりだそうだ。バートたちはこの兵士をかくまうことに決め、食料や咳の薬を調達して差し入れた。もちろん、きょうだい3人だけの秘密である。両親に悟られないよう細心の注意を払って家の食料を持ち出したり、幼いメグが口を滑らさないかとハラハラしたりしながら、ドナルドをかくまい続ける。ある土曜日、ドナルドの顔写真を持った憲兵がバートたちの家にやってきて、すべての部屋をくまなく調べていった。近所の家々もすべてまわったようだ。そして、ドナルドの顔写真のポスターが街じゅうに貼り出された。〈*以下略〉

【感想・評価】※結末にふれています
 まじめな少年のとった行動が、肉親の人生を大きく変えてしまう。本人も、罪の意識に一生苦しみ続ける――。子どもの気持ちの純粋さや家族の絆を美化することなく、戦争という悲劇を直視して書かれた作品だ。
 灯火管制や配給制度に象徴される、戦時下の厳しい生活の様子とともに物語は展開するが、終盤までは重苦しさはあまり感じられず、末っ子メグの無邪気さのおかげもあって、スムーズに読み進んでいた。ドナルドを逃す計画も、順調に見えた。しかし、最終章の内容は厳しい。希望のある結末とはいえず、日本で子ども向けに出していいのかと、最初は迷いを感じた。が、戦争には何の希望もないと教えてくれる本書こそ、今の日本に必要ではないかと思い直した。また、主人公のバートが、敵国だった日本を晩年に訪れ、日本人に好感を持ってくれたことは、日本の読者にとって大きな救いだ。その文の直後で、バートが曾孫に向けてつぶやいた反戦への思いは、淡々とした最終章の中で重く響く。79歳になったジョイ・カウリーの気持ちがこもっていると感じた。
 最後の場面は非常にあっさりしている。居眠りから覚めたバートは、その直前の出来事を思い出せず、曾孫に渡された戦争についての質問状を、よくある世論調査だと思いこむ。そして、日課であるニュースを見るためにテレビをつける場面でおしまいだ。一見、中途半端なようだが、この物語の締めくくりにふさわしいと思う。姉の死と曾孫の訪問で何かが大きく変わるわけではなく、結論などないからだ(もちろん、読者によってさまざまな受け止め方があると思う)。
 直接攻撃を受けることのなかった南半球の小さな国ニュージーランドでも、第2次大戦にまつわるさまざまな悲劇があった。戦時中に育った作家が、ごまかすことなく綴った戦争の傷跡。繰り返しになるが、今の日本に必要な物語だと思う。 

【著者紹介】

ジョイ・カウリー(Joy Cowley)

 ニュージーランドを代表する児童文学作家。1936年に生まれ、病弱な両親のもと、生活保護を受けて育った。アルバイトをしながら高校に通い、薬剤師修行をしながら薬局で働いたのち、20歳で農家に嫁ぐ。農作業、家事、子育てと多忙な中、夜中にペンをとって作家をめざし、小説 "Nest in a Fallen Tree" で1967年にデビュー。大人向け作品を数冊出したのちに児童書に転じ、数々の読み物、絵本、学習教材を執筆。16ページ程度の学習教材を含めると、著作数は千編を超え、児童図書賞受賞歴も多数。児童文学の作家として、識字教育の指導者として、国際的に高く評価されている。2018年国際アンデルセン賞作家賞最終候補者。