ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★Finding(仮題『ファインディング ここで見つけたもの』)

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【基本情報】
書名:Finding(仮題『ファインディング ここで見つけたもの』)
作者:デイヴィッド・ヒル(David Hill)
出版社:Penguin Random House New Zealand
出版年月:2018年4月
ISBN: 9780143772392
ページ数:272(本文228/全8章/巻頭に地図とファミリーツリーあり)
読者対象:中学生以上

【概要】
 スコットランドからニュージーランドに移住した家族の、7世代・130年にわたる物語。各世代の十代の若者によるリレー形式で、さまざまな困難を乗り越えてきた家族の歴史を、隣人であるマオリの一族との絆とともに描く。

 【各章の年代と語り手】
1886年 アギー
1897年 ナイアル(アギーの弟)
1918年 ダンカン(アギーの息子)
1938年 フローレンス(ダンカンの娘)
1957年 アラン(フローレンスの息子)
1981年 エイルサ(アランの娘)
1999年 マギー(エイルサの娘)
2018年 カラム(マギーの甥)


【あらすじ】※結末にふれています
 1886年、スコットランドの農民一家が、よりよい暮らしを求めてニュージーランドに移住した。ワイモアナ川が流れる谷間の土地に居を構え、昔から住んでいるマオリの一族に助けられながら、酪農で暮らしを立てていく。一族のひとりがマオリの男性と結婚したことで、マオリとしてのアイデンティティも受け継がれていく。時代とともに環境は変わるが、家族の絆は固く、130年を経た現在も、この土地で子孫が暮らしている。マオリの一族と支え合っていることも変わらない。
 船旅の途上で視力を失ったアギーをはじめ、出征、大けが、鉄砲水に流されかけるといった困難や危機を乗り越えて、たくましく生きた先祖たちがいる。一方で、若くして列車事故で死んだ者や、白血病を克服するも暴走車にはねられて命を失った者がいる。1938年の章では、地震で自宅が倒壊するも、家族も隣人も無事だった幸せをかみしめる場面が描かれる。1981年の章は、人種差別反対運動に家族で参加する話だ。
 スコットランドのミサゴとニュージーランドのタカ、代々伝わる銀のブレスレットと翡翠のネックレス、ワイモアナ川にかかる橋などのモチーフが、全章を通じて効果的に使われている。一族の中で語り継がれる英雄伝や、愉快なエピソードも盛り込まれている。
 最後の2018年の章では、語り手カラムの両親が、離農して町へ引っ越す決断を迫られている。高校生のカラムが、一族の歴史に思いをはせ、この地にとどまりたいという思いを口にしたところで、物語は幕を閉じる。

【補足】
・ワイモアナは架空の地名。作者の母の故郷であるプケタプ(北島ネイピアに近い谷)をモデルにしている。
・ストーリーも作者とその家族にまつわる出来事によるところが大きいが、作品としてはフィクションである。
・原書タイトル Finding:最初の章の語り手アギーが、これから自分たちはどんな宝物を見つける(find)だろうと、新天地に思いをはせることから。

【感想・評価】
 本書と同様、一族の歴史を描いたニュージーランドの小説に、 All Day at the Movies(フィオナ・キッドマン著/2016年)がある。愛のない夫婦のもとに生まれた子どもたちがばらばらになり、それぞれの道を行く話だ。幸運に恵まれた者もいるが、不幸な死に方をした者や、孤独なまま心を病んだ者もいる。大きな秘密と、それ故の虐待も描かれている。拠り所のない人生は、ちょっとしたきっかけで、悪いほうに転がってしまうものだと思い知らされる。
 それとは対照的に、愛情にあふれた一族を描いたのが本書である。家族の絆、多様性を認め他者を思いやる気持ち、正義のために立ち上がる勇気、冒険心などが、若者による飾らない語りを通して表現されている。これまでに発表された作品から垣間見える作家デイヴィッド・ヒルの誠実な人柄が、本書の中で説得力を持っていると感じた。女性の活躍にもスポットが当てられていること、ニュージーランドの歴史を読み取れることも魅力である。最終章では、農業の衰退、宅地開発、移民の増加、麻薬栽培など、時代の変化や現代社会が抱える問題点にもふれている。
 最後はオープンエンディングだが、最も若い世代である高校生カラムがこの土地にとどまりたいと切望するところに、一族の絆の固さが見てとれる。環境に大きな変化があろうとも、この一家は、たくましく誠実に生きていくだろう。
 世の中に尊敬する人物はたくさんいるが、その人の家系を100年もさかのぼって見渡す機会は滅多にない。本書はフィクションとはいえ、130年という大きな流れの中で登場人物をとらえられる点で貴重だ。農業を基盤に生きるニュージーランドの一族の例として興味深いことはもちろんだが、私は、作者ヒルのバックグラウンドや人柄に思いをはせて、幸せな気持ちになった。本書を読むと、開拓時代からスマホ時代まで、変わらないものが浮かび上がってくる。先人たちとのつながりを知る意義も感じられる。

【作者紹介】
デイヴィッド・ヒル
 1942年、ニュージーランド北島ネイピア生まれ。ウェリントンのヴィクトリア大学卒業後、教員として中等学校に14年間勤務。その後フリーになり、作家、ジャーナリスト、書評家として活躍。YA小説 See You Simon(1992年発表。邦題『僕らの事情。』田中亜希子訳/求龍堂)ほか、多くの作品がニュージーランドの児童図書賞で候補作品や受賞作品となっている。最近は、過去の戦争を描いたYA小説や、ニュージーランドの偉人の伝記絵本シリーズなどを発表している。北島西海岸のニュープリマス在住。