ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★Sitting on the Fence(仮題『フェンスの上で ラグビーと人種差別をめぐる対立』)

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【基本情報】
書名:My Story シリーズ
  Sitting on the Fence –The Diary of Martin Daly, Christchurch 1981-
  (仮題『フェンスの上で ラグビーと人種差別をめぐる対立』)
*2008年ニュージーランド・ポスト児童書及びYA小説賞 児童読み物部門候補作品
著者:ビル・ナーグルカーク(Bill Nagelkerke)
出版社:Scholastic New Zealand
出版年:2007年
ページ数:本文191ページ
ISBN:9781869437480
対象年齢:中学生以上
*本文の試訳(部分訳)と、巻末の解説の試訳あります

【概要】
 事実に基づいたフィクション。クライストチャーチに住む13歳の少年マーティンが、1981年1月から9月まで書いた日記という形式で語られる。
 南アフリカ共和国ラグビーチームの遠征を控えたニュージーランドでは、試合を楽しみに待つラグビーファンと、アパルトヘイト政策に異議を唱える人々が対立していた。家族の中でも意見が分かれ、戸惑うマーティンだが、次第に自分の意志をはっきりさせていく。

 【構成】
 序章は、大学の記録文書係に宛てたマーティンの手紙。自分の日記のコピーを資料として提供すると記している。次の第1章から日記が始まり、第9章で終わる。巻末に、解説、謝辞、参考写真あり。

【社会的背景】
 1981年のニュージーランドは、国じゅうが揺れていた。アパルトヘイト政策を続ける南アフリカ共和国とのスポーツ交流が禁じられていた中で、ニュージーランド・ラグビー協会が、南アフリカのナショナルチームを招待したのだ。それに対する民衆の抗議行動が各地で起こる。ラグビーファンと反対派が対立し、あわや内戦という緊迫した情勢だった。

【あらすじ】
■日記の書き手は13歳の少年マーティン・デイリー。病院職員の父、専業主婦の母、大学生の姉と4人でクライストチャーチの住宅街で暮らす。ジャーナリストの叔父の影響で、新聞を読むことや、出来事を記録することに興味を持っている■

 例年のように、自宅でテレビを見ながら年を越す。しかし、1981年の始まりは、穏やかではなかった。7月から9月にかけて予定されている、南アフリカのラグビー・ナショナルチーム〈スプリングボックス〉のニュージーランド遠征(以下、遠征)をめぐって、父とサラが対立していたからだ。
 父は大のラグビーファン。スポーツと政治は無関係だと考え、試合を楽しみにしている。一方のサラは、学生運動家。問題は人種差別にあると主張し、遠征には絶対反対だ。2人は互いに譲らず、声を荒げる。このような対立は、国じゅうで起こっていた。遠征を控えて、世論はまっぷたつに割れていたのだ。
 マーティンは、人種差別には反対だが、議論に熱くなることはなく、ただ平穏な毎日を望むばかり。サラには、「賛成派と反対派の間のフェンスに腰かけているどっちつかずの人間(fence-sitter)」と、非難される。
 夏休みが終わり、新学期を迎えると、サラは家を出て、学生運動仲間の恋人フランクとアパート暮らしを始める。
 マーティンは、2月にハイスクールに入学。学校にはなじめずにいたが、授業でのペアワークをきっかけに、ピートという友達ができる。ピートは、両親とともに、遠征の反対運動に参加していた。この学校の校長は、遠征賛成派。生徒たちは、校内での反対運動は一切禁止と言い渡されていた。ピートのような生徒がいたことに、マーティンは驚く。
 3月下旬、ピートとその両親は反対派のデモ行進に参加。翌日、マーティンは、その新聞記事の写真にサラの姿を見つけた。隣には母もいる。中立の立場だと思っていた母が反対運動に参加していたことに、マーティンは衝撃を受ける。その後、母がサラと密かに連絡を取り合っていたこと、父との関係に悩んで別居を考えていることもわかった。マーティンは、自分だけ子ども扱いされ、何も相談されなかったことに怒りを覚える。そして、これからは、自分も遠征の反対運動に関わっていこうと決心した。
 4月上旬、母が家を出る(友人宅に身を寄せる)。父は戸惑っているようだが、反省した様子はない。
 学校で、サッカーチームという名目で結成された遠征反対グループに、マーティンは加入する。ピートも一緒だ。このグループのリーダーである最上級生のグラントは、学校のラグビーチームのキャプテンだが、代表選手の座を守るより正義のために行動したいという強い信念の持ち主だ。校長に対しても正々堂々とした態度をとるグラントに、マーティンは触発される。
 反対運動に参加する中で、母やサラと顔を合わせる機会はあった。サラは、集会でスピーチをするなど、積極的に行動している。父と2人暮らしになったマーティンは、自分の意見や関わっている活動について、父に話すよう心がけた。
 遠征が近づいた7月、デモ行進、すわりこみ、キャンプなどの抗議行動に立て続けに参加。父の意見は変わらないが、心配してくれているのがわかったとき、自分はまだ父さんのことが好きだとマーティンは思う。
 7月半ば、反対派の願いむなしく、スプリングボックスがニュージーランドに到着する。最初の試合は北島のギズボーンで開催。反対派が抗議行動に出て、競技場は混乱するが、試合は強行された。
 その後、各地で試合が開催される。抗議行動が功を奏して中止となった試合もあるが、対立は緊張を増していく。賛成派と反対派がぶつかり合い、暴力行為も行われ、試合のたびに機動隊が出動した。
 8月初め、母が家にくる。マーティンは、両親が離婚を決めたのかと思ったが、逆だった。2人の関係は別居を経て改善したそうだ。父が密かに母を訪ね、話をしていたこともわかった。不仲は遠征騒ぎの前からであり、遠征に対する意見の違いは関係ないのだという。自分を殺して良妻賢母を演じてきた母が、遠征をきっかけに、自分らしく生きたいと決意したがゆえの別居だった。自分らしさを取り戻した母は、めでたく家に帰ってきた。
 南島最南端インバーカーギルで抗議行動に参加していたサラが、警棒で殴られ、救急搬送された。電話連絡を受け、6時間の道のりを父が1人で運転して、インバーカーギルへ向かう。サラは幸い脳しんとうですみ、退院後は一時的に自宅に戻って休養することになった。
 8月15日、いよいよ地元クライストチャーチでの試合。この試合を阻止するための抗議行動が入念に計画された。母とマーティンが参加。ピートも一緒だ。一方、父は、ラグビーファンとして試合を見にいくのだ。〈*以下略〉

【解説・感想・評価】※結末にふれています
 歴史的な出来事を日記形式のフィクションで伝えるMy Story(現My New Zealand Story)シリーズは、日本ではあまり注目されないニュージーランド(以下、NZ)の歴史を知るのにうってつけである。
 1981年の海外ニュースといえば、レーガン大統領銃撃事件、ローマ法王銃撃事件、ポーランドの労働者運動、英国チャールズ皇太子の結婚などがある。本書で語られた出来事は、日本ではほとんど報じられなかったが、この年、NZでは国じゅうが揺れていたのだ。
 南アフリカの人種差別主義に、NZ人が抗議するとは意外に思えるが、巻末の解説によれば、1960年の出来事に端を発している。ラグビーの国際試合の際、南アフリカが、NZのチームからマオリ人選手を除外するよう要求したのだ。また、NZ国民にしてみれば、同じ英国連邦の友人だった南アフリカが、公然と人種差別を続けていることが許せないという思いもあったのだろう。
 一方、マーティンの父のような熱狂的なラグビーファンの多くは、「ラグビーと人種差別は無関係だ」と主張して、遠征に賛成した。妻や子どもと意見が食い違い、家族内で対立が起こった。多くの家族にさまざまなドラマがあったはずだ。本書は、当時の社会状況をわかりやすく伝えながら、家族のストーリーもみごとに描いている。マーティンやサラや母の正義感にも拍手を送りたいが、ラグビーファンの頑固おやじだった父が、ラグビーよりも家族を大切に思い、一時的に「フェンスの上に腰かけた」ことにいちばん感動した。
 また、平穏であることがいちばんだと思っていたマーティンが、世の中は変化するものだと悟り、前向きに進みはじめる様子も、日本の若者たちに読んでもらいたいポイントの1つだ。マーティン自身の言葉の中に、成長が読みとれる。
 冒頭の手紙の内容にも共感した。マーティンは、「自分の日記を提供するのは、この出来事が忘れ去られてはならないと思うからだ」と書いている。人の記憶は頼りないもの。世の中の関心がほかのことに移っていけば、大きな出来事も忘れられてしまう。だから、事実を書き残し、公開することが大切だ。マーティンはそう強調している。
 結局、1981年のスプリングボックス遠征は実行され、ほとんどの試合が開催された(16試合中、中止されたのは2試合のみ)。民衆の反対運動が社会を変えたとはいえないだろうし、何が正しかったのか、今でも議論があるそうだが、それでも、人種差別を許さないという思いで人々が立ち上がったことには、心を動かされる。十代前半の若者たちまで関わっていたことには、特に驚かされた。それから長い年月を経て、アパルトヘイト政策が廃止されたこと、ネルソン・マンデラの大統領就任翌年に、南アフリカでラグビーワールドカップが開催されたことにも、思いをはせずにはいられない。アメリカの公民権運動を知ることが大切なように、この出来事を知ることも、日本の若者にとって大切ではないだろうか。

【作者紹介】
ビル・ナーグルカーク
 1958年ウェリントン生まれ。司書として図書館に勤務しながら子どもの本の執筆を始め、1985年以降、多くの短編作品を発表。1997年に、絵本 "Dream Boat" を出版。初の長編は2006年出版の "Old Bones" 。25年間務めた司書職を退いてからは、執筆活動に専念。オランダ語の絵本を英訳するなど、翻訳者としても活躍している。書評家としても実績があり、国内の児童図書賞で審査員を務めたほか、国際アンデルセン賞の審査員も2度経験している。クライストチャーチ在住。