ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★The Drover's Quest(仮題『ドローバー・クエスト』)

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【基本情報】
書名:The Drover's Quest(仮題『ドローバー・クエスト』)
  *2013年エスター・グレン賞候補作品

著者:スーザン・ブロッカー(Susan Brocker)
出版社:HarperCollins Publishers(New Zealand)
出版年月:2012年6月
ISBN: 978-1869509071
読者対象:小学校高学年以上
ページ数:176(本文170/挿し絵、あとがき等、なし)
 *試訳(部分訳)あります

【物語の概要】
 1866年、ゴールドラッシュに沸くニュージーランドで、少年に変装して牛追い団に加わり、金鉱へ向かう少女がいた。行方不明になった父をさがすために、険しい山々を越え、激流を渡り、無法者に立ち向かう。家族の絆、友情、動物への愛を盛り込みながら、まっすぐに生きる少女の旅を描いた歴史フィクション。

 
【物語の舞台と時代背景】
 1860年代、ゴールドラッシュに沸くニュージーランドでは、一攫千金を夢見た男たちが、未開の地であった南島西海岸の金鉱に押し寄せた。とはいえ、金塊を見つけることは難しく、運良く見つければ強盗に狙われるなど、金鉱掘りの現実は厳しいものだった。にわかに人口が増えた金鉱町では、肉牛に高い値がついたため、はるばる東海岸から、牛を売りにいく者も大勢いた。金鉱へのアクセスは馬か徒歩。断崖絶壁や激流を越える命がけの旅だった。この物語では、そのルートが忠実にたどられている。
*西海岸の町ホキティカは、2013年ブッカー賞受賞作 "Luminaries"(Eleanor Catton著)の舞台でもある。

【おもな登場人物】
シャーロット・マギー…14歳の少女。牛追い団ではチャーリーと名乗る。
トム・マギー……………シャーロットの父。金鉱で行方不明に。
タマ・イハカ……………トムの親友。マオリ人。
ジョゼフ…………………アメリカから渡ってきた15歳の少年。アメリカ先住民の血を引く。
キズアト…………………牛追い団の団長。
グッドマン………………牛追いたちの雇い主。

【おもな登場動物】
スカイ……………………マギー親子の愛犬
コバー……………………マギー親子の愛馬
ストーム…………………ジョゼフの愛馬
ボーンズ…………………キズアトの愛犬
シャイナー………………トムがかわいがっていたケア(オウムの一種)

【あらすじ】

プロローグ
 1866年、金鉱ラッシュの南島西海岸で、トム・マギーは金塊を手にした。が、それを嗅ぎ付けた3人組の覆面強盗団に襲われ、頭に銃口を突きつけられた。

本章
 14歳のシャーロット・マギーは、クライストチャーチの女子修道院で暮らしている。牛追いの父と2人で旅する暮らしを楽しんでいたのに、1年前に突然ここに預けられたのだ。父は、シャーロットを捨ててどこかへ行ってしまった。
 ある日、父の親友でマオリ人のタマ・イハカが、父の愛馬コバーと愛犬スカイを連れて、シャーロットを訪ねてきた。金鉱で父が行方不明だという。幸運にも金塊を見つけたが、そのせいで強盗団に狙われた。殺された可能性もある。それを聞いたシャーロットは、父をさがしにいくことを決意。1人では危険なので、牛追い団の一員になろう。金鉱ラッシュで人口が急増した西海岸では、肉牛の需要が高まっており、多くの牛が東海岸から西海岸へ運ばれている。山岳地帯を越える厳しい道のりを徒歩で移動させるために、熟練した牛追いが求められているのだ。幼い頃から馬に乗って牛を追う生活をしてきたシャーロットは、腕に自信がある。少年に変装すれば雇ってもらえるはずだ。タマは反対するが、シャーロットは言いだしたら聞かない。結局、タマも同行することになった。
 髪を切り、少年の服に着替えて修道院を抜け出したシャーロットは、チャーリーと名乗って、タマとともに牛追い団に雇われることに成功した。同じ牛追い団に、アメリカから渡ってきたばかりの少年ジョゼフも、乗馬の腕を買われて雇われた。
 ニュージーランドでは、牛追いのことを「ドローバー」と呼ぶ。ドローバー団の団長は、キズアトと呼ばれる男。大柄で、首に傷跡があり、犯罪歴があるとの噂だ。ドローバーは総勢12人、牛は約千頭。東海岸のクライストチャーチから西海岸のホキティカまで、険しい山々と激流を越える、数週間の旅が始まる。〈*以下略〉

【感想・評価】※結末にふれています
 スーザン・ブロッカーは、今私が最も注目しているニュージーランド人作家のひとりである。2011年にエスター・グレン賞候補作品に選ばれた "Dreams of Warriors" を読んで魅了され、心待ちにしていた新作の本書だが、期待を裏切らないできばえだ。危険や困難を乗り越える冒険の中に、家族の絆や友情、動物への愛、正義感などが盛り込まれたすばらしいドラマになっている。歴史に深い関心を寄せるブロッカーは、事実を巧みに盛り込みながら、物語を展開させていく。2012年にお会いしてインタビューした際に、「物語というのは、いくつもの情報が自然と編み込まれていくもの」と話してくれた。とても印象的な言葉だったが、この作品でもそれを実感した。
 本作は、時代設定が19世紀ということもあり、名作児童文学のおもむきがある。一方で、アメリカの西部劇と重なる部分もあり、歴史を絡めたエンターテインメントとしても楽しめる。開拓時代のニュージーランドを舞台に、事実に基づいた設定から展開するストーリーは、いい意味でシンプルであり、次々とページをめくることができる。アメリカ人のジョゼフが登場することで、ニュージーランド独特の風土や習慣も、上手に説明されている。
 未開の大地を馬で旅する男まさりの少女シャーロット。物おじせず、明るく前向きな気質が快い。無鉄砲で、思ったことをはっきりと口にするストレートな面も、純粋な気持ちの現れだ。過去を背負って生きているジョゼフヘかける言葉には、胸を打たれた。自分にできることを精一杯やることが大切だという、作者のメッセージが感じられる。
 激流や山々を越えて西海岸に到着したあとも、シャーロットの落馬があり、強盗団に捕まっていた父を救うためのさらなる冒険があり、最後まで飽きさせない展開だ。爆薬を仕掛けられ、絶体絶命のピンチに陥るというのは、冒険小説や映画でも珍しくないが、愛犬を活躍させるという解決方法は真新しく、動物好きのブロッカーらしさが感じられる。伏線の張り方も巧みだ。金塊は、誰にも予想できない場所に見事に隠してみせた。ニュージーランド固有の鳥ケアの習性を上手に利用しているばかりか、オスだと思ったケアが実はメスだったと、男装していたシャーロットの設定に重ねていることもお見事だ。この部分、あらすじに詳しく書かなかったので、ここで説明しよう。シャーロットの父は、ケアのシャイナーをオスだと勘違いしていたが、実際はメスだった。ケアという鳥は、巣を掘るのはメスの仕事なのだ。シャイナーがメスだったからこそ、金塊は地中深くに隠されたわけである。「いくつもの情報が自然と物語に編み込まれる」というブロッカーの言葉を思い出し、物語の醍醐味を感じた。
 ラストシーンも印象深い。勝ち気な少女シャーロットが、ジョゼフとの別れに際してしんみりしている様子と、寂しさを隠して明るくふるまう様子が、短い文章からありありと伝わってくる。そして最後に、背伸びしてジョゼフの頬にキスをする姿は目に浮かぶようで、やっぱり女の子だなと思い、いとおしくなった。ティーンエイジャーの読者なら、自分をシャーロットに重ねるのだろう。とてもさわやかな読後感だ。
 タマやキズアトなど脇役たちも個性豊かで、それぞれの役割を果たしている。ニュージーランド先住民マオリと、アメリカ先住民チェロキー族の知恵や価値観も盛り込まれ、作品に独特の色を添えている。開拓時代の旅の様子や、ジョゼフの追跡技術から学べることも多い。文明の利器に頼らずに生き抜く知恵は、現代でも災害時などに必要であり、子どもたちに伝えるべき大切なことだと思う。
 また、ブロッカー作品に共通していえることだが、動物たちの活躍も魅力的だ。幼少時から馬に親しみ、犬の調教に関わったこともあるブロッカーが、確かな知識をもとに、愛情を込めて動物たちを描いている。
 クライストチャーチから西海岸まで、今では列車やバスで旅することができる。アーサーズ峠周辺には、トレッキングのコースも整備されている。将来実際に舞台を訪れることが可能だという点でも、魅力的な作品だ。

 

【著者紹介】スーザン・ブロッカー

 1961年、ニュージーランド北島生まれ。ワイカト大学で歴史を専攻し、卒業後は出版社に勤務。おもに学習教材の執筆者、編集者として活躍した。1997年にフリーになり、高学年からYA向き読み物を中心に執筆活動を続けている。"Dreams of Warriors" が2011年に、"The Wolf in the Wardrobe" が2012年に、エスター・グレン賞候補作品に選ばれた。大の動物好きで、趣味は乗馬。北島北部の町タウランガ郊外に農場を構え、夫と多くのペットとともに暮らす。