ニュージーランドの本

児童文学を中心に、ニュージーランドの本(ときどきオーストラリアも)をご紹介します。

★Dreams of Warriors (仮題『戦士たちの夢の馬』)

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【基本情報】
書名:Dreams of Warriors(仮題『戦士たちの夢の馬』)
   *2011年エスター・グレン賞候補作品
著者:スーザン・ブロッカー(Susan Brocker)

出版社:HarperCollins Publishers(New Zealand)
出版年月:2010年7月
ISBN:978-1869508401
読者対象:小学校高学年以上
ページ数:224(挿し絵、あとがき等、なし)
*試訳(前半100ページほど) あります

【概要】
「いつか競走馬にしたい」。出征した父の抱く夢を壊したくない一心で、ベラは、虐待によって聴力を失った馬のジプシーと向き合い、心を通わせていく。無謀だと思った父の夢を実現できるかもしれない。でも、戦時下の暮らしはどんどん厳しくなる上に、強欲な隣人のいやがらせに遭うなど、行く手には困難や失望が待ち受けていた。そんな中、家族、友人、それに捕虜収容所の日本兵や中国人移民など、さまざまな人々とのふれあいに後押しされ、ベラはジプシーを走らせる。第2次大戦中のニュージーランドを舞台に、歴史的事実を織り込みながら、終戦までの3年間を描いたドラマ。

 【物語の舞台〈フェザーストン〉について】

 ニュージーランド北島南部にある小さな町。1942年に捕虜収容所が作られ、800人以上の日本兵が終戦までを過ごした。1943年2月には暴動が起き、ニュージーランド人1人と日本兵捕虜48人が死亡したという悲しい歴史がある。収容所は戦後取り壊されたが、跡地が公園として整備され、慰霊碑が建てられている。(写真参照)
 現在、町の人口は2500人程度。片道約1時間の首都ウェリントンまで、列車通勤(通学)する人々も多い。観光客は多くないが、湖や丘陵などが見渡せる、美しい田園地帯。

f:id:nzbook:20160122082606j:plain 2012年筆者撮影

*慰霊碑の碑面には、芭蕉の句が刻まれている。原書タイトル "Dreams of Warriors" は、ここから取っている。


【おもな登場人物と動物】
ベラ・リチャーズ…主人公。14歳の少女。戦地にいる父に代わって、農場を切り盛り
         している。ポリオの後遺症で右脚が不自由。
父(トマス)………ベラの父。夢多き男。爆撃機のパイロットとして出征中。
母(キャサリン)…ベラの母。裕福な家の出身。
シルビア……………ベラの姉。会社員。ファッションやダンス、男の子に目がない。
ブラッズワース氏…金持ちの中年男性
チャイナ・ジョー…中国出身の放浪者
ニック………………ブラッズワース氏の厩舎で騎手修行をしている少年。16歳。
ジャック……………ニュージーランド駐留の若いアメリカ兵
ヨシ・イシガワ……日本兵捕虜。馬に詳しい。祖国にベラと同年代の娘がいる。
ジプシー……………ベラたちが飼っているメスのサラブレッド

【あらすじ】
 第2次世界大戦中の1942年6月に物語は始まる。真珠湾攻撃から半年、太平洋を南下してくる日本軍への恐怖を、ニュージーランド全体が強く意識し始めた頃だ。
 主人公のベラは、フェザーストン郊外の小さな農場〈ウィロー川ファーム〉で、母と姉シルビアと3人暮らし。ヨーロッパ戦線で戦っている父の無事を祈りながら、学業のかたわらに農作業を一手に引き受けている。牛たちには愛情を感じ、毎日の搾乳作業もこなしているが、馬のジプシーの世話はうまくいかず、深刻な状況だった。ジプシーは全く人を信用せず、激しく暴れるので、近づくことさえできない。えさも食べず、衛生状態もひどくなってきて、いっそのこと手放したいと思うのだが、「いつか競走馬にしたい」という父の夢をないがしろにはできない。
 6月下旬、大きな地震が起こり、ベラたちも小規模ながら被災した。家財道具や農具を失い、戦時中の慎ましい暮らしはさらに苦しくなる。また、地震に驚いたジプシーが、有刺鉄線のある柵を越えて逃げてしまった。
 同じ頃、父が行方不明になったという電報が届く。ドイツ上空で敵機に攻撃されたらしい。ベラは、ジプシーが見つかれば父も助かるような気がして、ジプシーを必死でさがした。すると、母の友だちである中国人のジョーが、「ジプシーは、ハンプティ・ダンプティのところにいる」と教えてくれた。ハンプティ・ダンプティとは、近所に住む裕福な独り者ブラッズワース氏のことだ。ずんぐりむっくりした体型から、母がこっそりこのあだ名をつけていた。戦時中だというのにぴかぴかの車を乗り回し、恩着せがましい親切をふりまく男だ。ブラッズワースは、広い敷地の一画に厩舎を持っている。実は、ジプシーも、もともとはブラッズワースの馬だった。父がブラッズワースから買ったのだ。
 ジプシーは、ブラッズワースの厩舎で、騎手修行中の少年ニックに保護されていた。脚にできた傷も手当てしてくれている。が、これ以上ここに置いてはおけないそうだ。ベラは、意を決してブラッズワースに会いにいき、ジプシーを引き取ってほしいとたのむ。ところがブラッズワースは、「役立たずの馬だから今すぐ撃ち殺す」と、銃を持ち出した。父の夢がかかったこの馬を殺されてはたまらない。ベラは両腕を広げ、ブラッズワースとジプシーの間に立ちはだかった。ブラッズワースは銃をおろし、ニックに、ベラとジプシーを送っていけと命じた。
 ニックは、ジプシーを守ったベラを見直し、協力を申し出る。まずはハーブを使ってジプシーを落ち着かせ、トラックで運んでくれた。そして、ジョーと一緒にジプシーの納屋を改造すると約束してくれた。同じ日、父の無事が伝えられる。居場所は、ドイツの捕虜収容所だ。
 ニックとジョーおかげで納屋は明るく清潔になり、ジプシーの傷は回復に向かう。扱いにはまだまだ苦労しているが、ベラは、レースに出すことを考え始めた。手紙でそのことを知らせれば、収容所にいる父を元気づけることができるだろう。
 春(1942年後半)を迎える前に、母は、手持ちの宝石を売ったり結婚指輪を質に入れたりしてお金を調達し、地震で壊れた農具を買い替えた。おかげで牛たちの世話は順調だ。問題は、ジプシーのえさ不足。今年は川の水位が低く、牧草の生育状況がよくないのだ。ニックの助言で、ジプシーを農場の外に連れ出し、道ばたの草を食べさせることにした。極端に人を恐れるジプシーだが、相手の位置をはっきり目で確かめることで安心するようだ。おっかなびっくりながら、ベラはジプシーを引いて歩けるようになった。
 ある日、ジプシーを連れていたベラは、父の友人フレッドに声をかけられる。フレッドは、捕虜収容所の警備兵だ。そばで20人ほどの日本兵捕虜が、植物の除去作業をしていた。収容所のことは噂で聞いていたが、突然ジャップに出会って、ベラは動揺する。さらに、捕虜の1人がジプシーにふれ、ベラに向かって英語でいった。「この馬は耳が聞こえないね」。ヨシ・イシガワという名のその日本兵は、やさしくほほえみ、確認のためにその場でホイッスルを鳴らした。ジプシーは、全く反応しなかった。〈*以下略〉

【解説・感想・評価】※結末にふれています
 この本を読んだきっかけは、物語の背景に強く興味を引かれたことだった。私は、史実に基づいた物語に大きな魅力を感じており、ましてや大好きなニュージーランドを舞台に、日本兵との関わりを書いた話とくれば、もう飛びつかない手はない。そして、読み終えた今、期待した以上の感動に包まれ、ハッピーエンドの余韻にひたっている。ここではまず、日本ではあまり知られていない時代背景を解説し、後半に、感想と評価を述べたいと思う。
 ニュージーランドと第2次世界大戦というと、当初は、ドイツに対して宣戦布告した英国への協力という形での関わりだった。多くの兵士たちが、英国軍の一員としてヨーロッパ戦線に送られた。主人公ベラの父もその1人である。そして、真珠湾攻撃以降は、日本軍による直接攻撃の脅威にさらされる。男手が少なくなっていた本土防衛のために、米軍が駐留するようになる。アメリカに比べて極端に娯楽の少なかったニュージーランドで、米兵たちの大きな楽しみの1つは、一般家庭との交流だったそうだ。また、シルビアのように、米兵と恋をして、その後アメリカに嫁いだ女性たちも少なくない。
 捕虜収容所に関しては、【物語の舞台】の項でふれたが、収容所の日本兵と地元住民がこれほど交流できたのかという点が気になったので、いくつか文献を調べてみた。それによると、フェザーストン収容所の捕虜たちは、フレンドリーで親切なニュージーランド人警備兵のもと、人道的に扱われていたそうだ。それは、1929年調印のジュネーブ条約(捕虜の待遇に関する条約。日本は批准しなかった)で定められていたことである。日本兵の中には強硬派もおり、不幸な事件も起こるのだが、ヨシのような穏健派も多かったそうだ。また、捕虜たちが、芝刈りや道路整備などの野外作業をしていたという事実からも、ベラとヨシの交流は、十分納得できる。本書の最後で、ヨシが手作りの宝石箱をベラに贈るが、実際、日本兵たちは、警備兵も舌を巻くほど物作りに長けており、タバコの空き箱や、拾った石や木片、金属などを使って、人形、模型、麻雀のパイなど、さまざまな物を作っていたという。そんな事実を知ると、ヨシの贈り物がよりリアルに感じられ、胸が熱くなる。
 この物語に独特の色を添えている中国人についてもふれてみたい。ニュージーランドでは、19世紀後半にゴールドラッシュがあり、一攫千金を夢見て、多くの中国人が海を渡った。しかし、金はあっという間に枯渇し、夢破れた中国人たちは、ひどい差別を受けながら、厳しい暮らしを強いられた。中国人のジョーは、その事実に基づいた登場人物である。宿無しの独り者で、英語もうまく話せないけれど、ほんとうはとても賢いという設定が、物語の展開、特に強欲なブラッズワース氏に関わる部分で、大きく効果を発揮している。
 以上のようなニュージーランド独特の事情や、当時の戦況が織り込まれている点は、実に興味深かった。しかし、それ以上に魅力的なのは、何といっても主人公ベラの一途さだ。
 ベラは、どちらかというとひかえめな女の子だ。ポリオの後遺症というハンディのせいもあり、自己主張をあまりせず、1人で我慢してしまうことが多い。けれども、芯の強さを内に秘めており、自分の信念には決して嘘をつかない。手を焼いていたジプシーのことも、父の夢のため、そして、処分するなんてかわいそうだという思いから、必死で守った。次々にふりかかってくる困難に負けそうになりながらも、まわりの人々の後押しを受けて、まっすぐに進んでいく。ジプシーとふれあうことも、不自由な脚で騎乗することも、レースで勝つことも、初めは不可能だと思われたが、1つ1つ乗り越えながら、自分の中の強さに気づいていくベラ。その勇気と忍耐強さを、私も見習わなければと思った。
 家族のドラマとしても見逃せない。派手好きの姉シルビアが、家族の大切さに気づき始め、ベラに協力する場面では、目頭が熱くなった。また、お嬢様育ちだけれど、ここぞというときに信念を曲げない母の強さとやさしさも、心に響いた。戦地の父の安否不明という胸がえぐられるような思いや、ブラッズワースのいやがらせを乗り越えて、家族の絆が深まっていく点も、1つの流れとなって、ハッピーエンドにつながっていく。
 著者のスーザン・ブロッカーは、本作で初めて、ニュージーランドの児童図書賞にノミネートされた。私もブロッカーの作品を読むのは本書が初めてだったが、確かな筆力を感じた。リサーチ力、創作力ともに申し分がない。日本人捕虜のことも、よくぞここまで調べて書いてくれたものだ。日本人でも知らない日本人の心をみごとに描き、主人公に大きな影響を与える重要人物として登場させている。ベラとヨシの交流は、この物語の設定上最大のポイントといえるだろう。
 また、登場人物や動物への愛情が、文中にあふれているのを感じた。主人公ベラの成長と並行して、馬のジプシーがトラウマから立ち直っていく様子もみごとに描かれている。私は以前から馬が好きなのだが、本書を読んで改めて馬の魅力を実感した。繊細で、賢くて、人とのふれあいを楽しみ、人をいやしてくれる動物だと思う。著者も大の馬好きだそうだが、人間を主人公にした物語の中で、馬の魅力を読者に強く印象づけている点は、ブロッカーという作家の実力の証明といっても過言ではないだろう。
 日本ではあまり語られることがなかった戦争の一面を知るとともに、ベラの青春を描いた物語として楽しめる良書。映画化を望みたくなるほどのすばらしいドラマになっている。日本の子どもたち、若者たち、そして大人たちにも、ぜひ読んでもらいたい。

 

【著者紹介スーザン・ブロッカー

 1961年、ニュージーランド北島生まれ。ワイカト大学で歴史を専攻し、卒業後は出版社に勤務。おもに学習教材の執筆者、編集者として活躍した。1997年にフリーになり、YA作品を中心に執筆活動を続けている。長編フィクションは本書を含めて6作発表。いずれもニュージーランドを舞台にしたリアリズム作品である。2011年出版の "The Wolf in the Wardrobe" と、2012年の "The Drover's Quest" は、本書に続き、エスター・グレン賞候補作品に選ばれた。最新作は、第1次世界大戦から100年を記念して Scholastic NZ 社が企画したシリーズの第1弾 "1914: Riding into War" 。
 大の動物好き。北島北部の町タウランガ郊外に小さな農場を構え、夫と多くのペットとともに暮らしている。

 

★参考文献

『消えた遺骨―フェザーストン捕虜収容所暴動事件の真実』
(エイミー・ツジモト著/芙蓉書房出版)
『ニュージーランドを知るための63章』(青柳まちこ編著/明石書店)
『地獄からの生還―ガダルカナル かく生き抜く 』(櫻井甚作著/豆の木工房)
  ウェブ版:http://genkigaderu.net/perm03/1GI_p1.html